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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第2章 首輪付きの結婚

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もう知らない城の中




 並べられた豪華な料理の数々は、見たことも、嗅いだこともないものばかりだった。

ローズリー国民は、いまだに捕縛を解かれていないため、ファウスト先生やクラウスがこの場に来ることはできないけれど、二人にも食べてほしいとおもってしまう。

そう思うほどおいしそうだし、魅力的な料理が並んでいる。


 幼いころから居なれた場所のはずの貴賓室には、見慣れた顔も、顔見知りの一人もいない。

この残酷な現実に、そこはかとない不安と絶望感で眩暈がした。

 そんなわたしの隣では、次々とお辞儀をしてくる人たちにシュライスが丁寧に対応していた。

その姿を横目に、わたしも作り笑顔と相槌を打つ作業に没頭する。

皆、チラチラとこちらを見るが、話しかけようとはしない。

空気のような、それ以下の存在であるかのような振舞い。

一瞬たりともわたしに気を遣う気は無いことがひしひし伝わってくる。

 それは、まだ捕虜であり、正式にリーガル国の人間ではない人間だからという、彼らなりの区別なのだと察しはできた。

わたしは顔には出さず、丁寧に対応することに決めた。

こんなことは日常茶飯事にして、慣れていかなくては。

 そう意気込んだのもつかの間。

徐々にこの状況が苦痛になりはじめる。

空気でいることとはこれほどつらいことなのだと実感し始めたとき。

一通り会話を終えたシュライスが、腕に絡まるわたしの指に触れた。


「今だけだよ。リリアが王妃になればみな手のひらを返したように頭を垂れ始める」


顔と視線を隈なく会場に向けながら、わたしの不安を宥めるようシュライスが励ましてきた。


「簡単じゃないと思うわ」


勤しむシュライスの顔を見ながら、周囲から人がいなくなったのを見計らって、「リリア」として返す。


「ぼくが王の国で、彼らがきみを受け入れないと?」


「敗国に対しての扱いは未来永劫、戦勝国より下位であるという事実は変わらない。死ぬまでローズリー生まれは捕虜なのよ」


 抑えられず、震えた声で言うと、シュライスが強い意志を持った瞳をわたしを向ける。

その力強さは気圧されるほどで、ぴくりと肩が上がった。


「そんなくだらないものは、ぼくが変える」


「・・・・どうやって?」


「ぼくが命を懸けてきみを守り続け、この身を賭す覚悟で愛していれば、一国の常識位変えていけるはずだ」


「できなかったら?」


「できなくないよ。ぼくはリリアを愛しているから。きみのためならなんでもできる」


  そういってわたしに微笑むと、シュライスの指が深く絡まる。

応えるように彼の指をつかむと、横目でその様子を確認したシュライスが、満足そうに小さく笑って名残惜しそうにゆっくりと指をほどいた。


「お腹が減っただろ?中は騒がしいし、バルコニーに食事を見繕いさせるよ。後からぼくも行くから、先に行っていて」


 シュライスが目線を兵士に移すと、すぐさま数名の兵士がこちらに向かう。

彼らに導かれていくと、窓辺にたどり着いた。

貴賓室のある部屋の外には天蓋型のバルコニーがあり、大きめのテーブルに大人が六人は座れる大理石でできた椅子がある。

誰もいないのを確認できると、意識せずに安堵のため息がついて出た。

勝手知った場所に置かれているランタンを手に取り、わたしは(ミスリット)を集中させた。


(リュミエール)


 わたしの声の呼応しランタンに光が灯る。

暗かったバルコニーにふわりと優し気な光が生まれた。

この場所からの眺めは美観で、眼前に広がる大きな湖には夜になると白鳥が休息をとるためやってくる。

朝には渡り鳥たちの休憩場所にもなっていた。

その風景はまさに絵画の様で、よく王と王妃、そして姉たちと一緒に白鳥を待つためにバルコニーで夜更かしをした。

 湖は、何事の影響も受けていない純真無垢を象徴するかのように透き通り、水をたっぷりと湛えながら、夜空に浮かぶ月を水面に映し、見る者の心を静かに洗ってくれる。

湖から走ってきた夜風がドレスの隙間を通り抜けたとき、背後に人の気配を感じて振り返る。


「噂には聞いていたけど、本当に美しい場所なんだね」


 サービングカートの上に豪華な料理を乗せて現れたシュライスは、立ち止まって、目の前の壮観に感嘆の言葉を口にした。


「この湖は、太陽の神様がプレゼントしてくれたものなの」


「そうなの?」


「ルルーシュ一族を守護しているのは太陽(ゾンネ)。国が繁栄した暁にはいつもご褒美のように土地を豊饒で満たしてくださった」


「すてきだね」


「でも、勝利の女神にはなってくださらなかったな」


 ぼやくように呟き、わたしはシュライスが運んできた料理をテーブルに並べ始める。

その姿を頬杖を突きながら眺めているシュライスの顔が、今でも忘れられない。


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