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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第1章 転生して愛されて恨まれて

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ファウスト先生に会えました



 紫瑛の瞳にモーヴ色の髪の毛のコントラストが、見るものすべてを引き込む雰囲気を醸し出し、彼の体を包む黒地に金糸のグランドテニュの気品の良さによって、その佇まいに静謐な品格が添えられている。

清々しいほどにこやかに微笑みながら、クラウスの目と鼻の近くまで顔を突き合わせる。

一切の遠慮なく流れる圧倒的なオーラ。

じぶんとの距離の詰められ方に気圧されたクラウスが、ごくりとつばを飲み込む音がわたしにまで聞こえた。


「しばらく会わないうちに、また口が悪くなりましたね?クラウス」


「・・・・・失礼いたしました。ファウスト()()


 借りてきた猫のようにクラウスがしおらしくなったのを見て満足そうに微笑むと、光が入って薄紫になった瞳が弧を描いてわたしを見つめた。


「ファウスト・・・・先生?」


 名前を呼ぶのが精いっぱいだった。

こする間もなく、目から涙があふれる。

その様子を見やるなり彼はふわりと近づき、わたしは肩を擁されていた。

幼いころから変わらない清廉で懐かしい香りが鼻を通りぬけると、心が満たされ、安心感に包まれる。


「独りでよくがんばりましたね、リリア。偉かったですよ」


 わたしの中から名もなき感情が堰を切ってあふれ出す。

ファウスト先生は、慧眼宿った顔のままわたしの背中をさすってくれた。

戦前から一寸も変わらない、綺麗な笑顔が目の前に在ることに、胸がいっぱいになる。


「わたしはきみの剣の先生なのに、そばにいてあげられなかったこと、本当に申し訳なく思っています」


「っ・・・・いいんです。ファウスト先生がご無事でよかった・・・・・」


 ファウスト・ルーデンス先生は、ローズリー国属の幕僚長であり、わたしの剣の師匠だ。

幼いころからフォースタスと共にわたしのそばにいて、王女たちの侍従長としても勤めてくれていた。

今次の戦争では先陣を切って士気を高めていたが、敗戦したあと行方がわからず、気配さえも途絶えていたため追う事も出来ず、消息がわからなかった。


「いままでどこにおられたのですか?ローズリー国幕僚長ファウスト()()


「シュライス陛下から恩赦をいただき、剣の稽古のお相手になることを条件に捕虜を免れて厩舎におりました」


「なぜ、(ヒア)を消して行方を追わせないようにしていたのですか?王と王妃を逃がしたのはあなたの提案ですか?」


 クラウスからの質問の波にさらされても動揺することなく、ファウスト先生の胸の内から聞こえる心音は、揺がず規則正しい。


「わたしがいなくなって、心配しましたか?」


 顔を覗き込みながら、ばつの悪そうな顔で笑う。

その表情に苦しくなって、ぽろぽろとあふれる涙と共に掠れ声で応えるのが精いっぱいだった。


「心配・・・・でした・・・・」


わたしの言葉をきいたファウスト先生は、耳元でちいさく「ごめん」とつぶやくと、厳かな面持ちでクラウスに向き直った。


「お二人のご意向です。わたしはそれに従い、先導したまで」


「王と王妃がシュライス陛下に処される寸前、先生はどこにおられたのですか?」


「お二人を船着き場までお連れしたあと、シュライス陛下の臣下のものたちによって捕らえられ、そのあとは城内におりました」


(ヴェーダ)属性の魔法使いの中で、世界レベルで見ても傑出した魔力の持ち主の上、いち国家の幕僚長にまでのし上がられた方が、とんだ盲点を踏んだというわけか」


 皮肉と欺瞞たっぷりにファウスト先生を揶揄したのを見たわたしは、クラウスを鋭くにらんで牽制する。


「いいんですよリリア。本当の事ですから」


 そうわたしを諭すと、転生してきて間もないころ、剣術の勉強で褒めてくれたときとおなじ、大きくやさしい手で、わたしの頭をなでた。


「王と王妃は生きることを選んだ。そして、王族にも生きることを選ばせた。それだけのことですよ」


「それが王族の特権階級だからとでも?ならばマリーやエリー、そしてリリアも連れていくことがあなた成すべきことだったはずだ。宰相のわたしは愚か、騎士団長や元帥にも共有せず、秘密裏に動いて君主を逃がすなど非在るべき行動。あなた自身になにか後ろ暗い理由があったからではないのですか?」


「クラウス。きみはこう推察しているのかな?実はわたしがリーガルの内通者で、密にクーデターを策謀し、シュライス陛下への献呈品として持ち帰るために王女たちやリリアを生き残らせた、などと?」


 ファウスト先生の声は尖った氷のように冷淡で、深紫色に濃くなった瞳が、クラウスを射貫くように見据えている。

常に穏やかな姿しか見てこなかったわたしは、その変貌ぶりにおもわず体が固まり、声も出せなかった。

クラウスは気圧されることなく、確信めいた顔つきでファウスト先生の顔を見定めている。


「彼女たちにはこの国にいてもらわなければならなかったんです。とくに、リリアには」


「人質として?あるいは、リリア一人を戦犯にされるおつもりだったか?」


「いいや、ちがうよ。ちがうんだよ、クラウス」


 煮え切らない、歯切れの悪い。

そんな言葉がぴったりな態度にわたしは胸のざわめきが止まらなかった。

なにかを隠している。

そんな直観めいた勘が当たらないでほしいと願った。

ファウスト先生は、わたしを視線に入れるなり、ひどく悲しそうに微笑む。


「時が来たらあなたに話すことがあります。それまではどうか、ぼくの愚行に目をつむっていただけませんか」


「なにか理由があるんですね?」


 ファウスト先生が静かに首肯したのを見てから、わたしはしかめっ面のクラウスのそばに歩み寄り、ツンと目線を高く上げて彼を見定める。

憤然とした顔貌を目の前に一瞬怯んだが、忌憚なく挑む。


「これ以上ファウスト先生を詰問するならば、私が相手になるわ」


「ほぉ。ならば魔法で手合わせでもするか?小さいころはおれに負かされて泣いていたお前が、いまや大魔法使い(グランソルシエ)の卵だもんな?お手並み拝見と行こうか」


「望むところよ」


 勇み足を踏み出そうとしたとき、片腕を強く引かれ誰かの胸にすっぽりおさる。

背中に温かい温度を感じて上を見上げると、シュライスが弧を描いた目で笑いながら見下げていた。


「それは諦めてもらおう。きみは今からぼくに攫われるんだから」


 シュライスはそう言うと、わたしのドレスの裾を翻し両足をそろえて抱きかかえた。

いわゆるお姫様抱っこの形になったところを、義兄と師匠に見られるという気恥ずかしさは想像を絶するものがあった。


「おやおや。あのリリアが無抵抗のまま男性に体を預けるとは。長生きはするものですねぇ」


 まるで子供の成長を祝うような口調でうれしそうなファウスト先生と、新たな主君の明らかなのろけ具合に口を尖らせるクラウスを見やりながら、わたしは顔を覆って現実を見ないようにした。


「条約式は単調で長い。お二人もリリアの成長ぶりをみるとおもっていらしてください」


「えぇ。ぜひ」


 そう言うファウスト先生の顔はひどく温かくて、その言葉を聞いたシュライスの顔は、見たこともないほど穏やかだったことを、わたしは今でも忘れられない。

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