懐柔に落とされて
森の木々を駆け抜けると、白亜の城が現れ、広大な街並みが見えてきた。
しかし、最初にたどり着いたのは、焼けただれた家屋、消し炭のようになった建造物なことに心が曇っていく。
その遠くには、積み重なった山を兵士が野焼きしているのが見えた。
変わり果てた城下町の、本来ならば見たくない凄惨な光景から、わたしはなぜか目を離せなくて、全てを目に焼き付けるように丹念に眺めていた。
炭と化した母屋。
お忍びで行った酒場。
王室御用達の証であるバラの花の紋章があしらわれた看板も、在るべき場所から離れ、躯と化していた。
死臭はすっかりなくなったが、未だに残る惨状は、当時の出来事を新鮮に思い出させるには十分な材料で、脳裏に焼き付いた記憶がよみがえり、思わず顔を俯く。
シュライスはわたしの背後からその様子を感じ取りながらも、馬のスピードを下げることはしない。
むしろ、先ほどよりも強く手綱を叩いて進ませた。
走り抜けるように街を進み、あっという間に城の門前にたどり着くと、彼の合図で門が開け放たれ、わたしたちは乗馬したまま入城した。
城の入口に整然と並び、恭しくお辞儀をする使用人の誰一人として、名前も知らない人間だらけになっている現実を見るのは未だに慣れない。
ローズリー国民は全員捕虜として地下牢へ送られ、生き残った貴族や王族は自室にとじこめられ、いまだに出入りは許されていないと聞いた。
本来、捕虜の身分であるはずのわたしが城内を動き回っているということは、周囲から見たら浮いているのは当然だったが、シュライスが「リリアならば城内ならどこへ行っても何をしてもいい」という特例を敷いてくれたおかげで、リーガルからきた使用人、大臣からの訝し気な空気は濃くなった。
その空気に耐え切れなくて、部屋に籠城を決め込んだりしたけれど、そのたびに、ぼくがいるから大丈夫だと部屋から引っ張り出され、わたしのそばから離れずに粘り続け、わたしへの違和感は徐々に薄れていった。
けれど、じぶんが育った城内が日に日に変容していく。
調度品、カーテンの色、生けられる花の種類、城内に漂う匂いすらもリーガル原産のものになり、刻々と知らない場所になりつつあるのを見ているのはひどく辛いものだ。
「調印式は王の間で行う。このままぼくと一緒に行こう」
労う様に馬の体をやさしくなでつけながら、シュライスが穏やかな口調でこちらに呼びかけていたが、馬小屋から見える景色に映りこむ親しみのない顔ぶれが、忙しなく横切っていくことにわたしは目が離せずにいた。
単純に、知らない人の匂いと聞いたことのない声しかない日常は、不安だ。
「王妃就任式後、ローズリー国民も貴族たちも解放するよ。そうすれば、従者や使用人たちも戻ってくる」
わたしの隣に寄り添うように立ち、優しい声色で約束を口にしたが、返事をする気力が沸かない。
ただ行き交う人々の顔を眺めることに夢中になっていると、ふと疑問が浮かんだ。
「わたしが王妃にならなかったらみんなを殺すの?」
ここまで長く捕虜を自由にしなかった理由はいろいろあるだろうが、わたしが宣誓を断っていたら、どうするつもりだったのか。
「必要があれば殺すし、必要がなければ殺さないよ」
手に持った馬具を鞣した皮で磨きながらシュライスは即答した。
王としての決断の速さ、その潔さにおもわず生唾を飲む。
「・・・・どういう意味?」
「ぼくとリリアを祝福できない人間は、全員殺すだけって意味」
横目で見ると、金色の瞳には微かな笑みが見て取れたし、口角も妖艶に上がっている。
その表情にぞわりと背中が冷たくなる。
わたしの心を見透かしたのか、こちらに体を詰めたシュライスがわたしに顔を寄せ低い声色で囁き始める。
「リリアは幸せになりたくない?」
「・・・・幸せって何をもって幸せなの?」
「そんな壮大な話をされると困ってしまうな」
「なぜ?」
「ぼくはリリアを幸せにすることしか考えてこなかったから」
耳元で熱っぽく呟くシュライスに気が付いたわたしは、慌てて彼から身を離そうとしたが、しなやかな腕がわたしの腰を抱き、呆気なく彼に引き寄せられる。
未だかつてこんな近くで彼の顔を見たことがない。
美しい顔は憂い帯び、金色の瞳は濡れている。
昔より背も高く、細身だけどしっかりと筋肉のついた腕と体は、どうあがいてもわたしを離してくれそうにない。
抵抗する術を考える間もなく抱きしめられると、熱を帯びたシュライスの息遣いを感じる。
「守られ、愛されて、溺れてしまうほどの甘い幸せが君には相応しい」
「・・・・それが普通の婚約ならばね」
罠をかけるように甘く囁く言葉を押さえつけるように否定したのに、シュライスの腕にはさらに力が入っていた。
「きみしかぼくを幸せにはできないし、ぼくしかきみを幸せにすることはできないよ」
「勝手に決めつけないで。まだ出会ってないだけかもしれないでしょ」
「きみみたいな女の子を乗りこなせる男が他にいるとは思えないな」
「わたしは馬ではないわ。顔が良いからって勘違いしないで」
「そうだね。でも、これでもぼくはリーガル国の貴公子ってよばれているんだよ。男として、リリアの中の選定要員には入れてほしいな」
シュライスはすこし拗ねたような口調でそういうと、抱く腕に力を入れた。
「シュライス・・・・苦しい・・・」
「ぼくの愛情を受け入れない「わがまま姫」にはちょうどいい。だろ?」
「・・・そのあだ名・・・知ってて・・・」
「リリアの事は全部知ってるよ」
シュライスはわたしの顔を愛おしそうに眺めそのまま額にキスを落とした。
その一瞬、緩んだシュライスの腕を跳ねのけ、彼から距離を取る。
第三王女の身分は、税金を勝手に使うなどの自由は序列的にも許されていない。
しかし、マリーとエリーは湯水のごとくお金を使っていたし、そのおかげで若いころから私生活も乱れていた。
これがお咎めなしとされる理由は、彼女たちに王子を迎えてもらうため。
なのに、迷惑なことに、この二人の影響はわたしにまで火の粉が飛び、男を獲っ開引っ返しているだの、側近食いだの、税金を使いまくって豪遊しているだのという噂まで尾ひれがつき、「わがまま姫」と召使たちから二つ名がつけられていた。
それも、わたしにだけ、だ。
わたしだけが魔力を持っていることを嫉妬したマリーとエリーが吹聴したという噂もあったし、二人を見ていた侍従長が流した悪評とも聞いた。
姉妹からは嫉妬され、女の器量の差で二つ名を付けられる。
どこの世界に行っても世の中というものは世知がない。
だけど、貴族社会ではこれくらいの噂は名誉となる場合が多い。
立場優位にするための隠れ蓑にはちょうど良いと判断し否定はしてこなかった。
いちいち火消しをしていたら、王族なんてやってられないのだ。
このことをシュライスがその二つ名を知っているということは、ローズリーの内情をだいぶ前から探っていたという証拠。
彼の用意周到な情報網に、内心恐れおののいていた。
「・・・・策士ね」
「陣頭指揮もとれる名軍師に「二つ名」をつけていただけて光栄だ」
皮肉めいた言い回しが気に食わなくて睨みつけるが、蠱惑的な笑顔で交わされた。
「調印を済ませたら食事にしよう。無理難題を吹っかけてもいい。君の好きなものをすべて用意させるよ」
わたしは彼を視界に入れることなく、馬小屋から城内に通じる階段を一人で駆け上がった。




