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グロウステイル~王様が懐柔してくるのでその手に乗ってあげる前に大魔法使いになります~  作者: 天崎羽化
第10章 神と乱戦

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アケディア




 「‥‥ねむい」


 低く艶を帯びた声が広大な空間に響き、気怠そうに現れたのは、白い装束のような服を纏った男の人で、乱れた薄紫の長い髪を指で梳きながら恨めしそうにこちらを見ている。


「やっと熟睡できたのに‥‥ぼくに向かって誰とか、何様?」

「‥‥す‥‥すいません」


 威圧され思わず謝ってしまう。露わになった胸元には羽の形をした文様が刻まれていた。黄金色の瞳を瞬かせながら気怠そうにわたしを眺め、すらりとした長い脚を立ち上げる。男性が履くには高すぎるヒールでかつかつと歩きながらわたしに語りかけた。


「きみ、リヒターの女?」

「い‥‥いいえ」

「じゃぁ、魔守り人?」

「違います‥‥」

「なんでここに来られたの?」

「‥‥わたしにもわかりません」


 湖面の上を歩く様に目を見開きながら、わたしは否定の意を込め全力で首を振って返す。


 水面に浮かんだままこちらを見据える。近くで見ても端正な顔と相まって、相変わらずの気怠さすらも色香としていた。魅入られたように釘付けになるわたしの顔に彼の細い指が触れ、頬から顎にかけて添えられる。


「ディミヌエンドは元気なの?」

「‥‥は、はい。最後に会ったときは、元気でした」

「そう」


 柔らかい掌で転がすように顔を撫でられ、指から観察されるような感覚が伝わってくる。


「混乱しているね。心の居所も、魂の場所も、生きる証さえも迷子になってる」

「あなたは‥‥誰ですか?」

「この場合、侵入してきたきみが最初に名乗るんじゃないの?」


 鋭く射貫かれた瞳に諫められ、それもそうだと反省した。


「‥‥リリア・ハイムと申します」

「そう。ぼくの名前はアケディア」


 興味なさげに応えるとわたしから身を剥がし背を向けた。


「アケディアって‥‥エフィラ王が言っていた神の欠片の名前‥‥」

「‥‥()()()()

「でも、神の欠片は具現化してるって‥‥」

「しているよ」


 言いながら水面に指を指しこみ波紋が広がると映像が浮かび上がった。そこに映し出された人物を見たわたしは、驚きで息を飲む。


「い‥‥イルシュタイト?」


 苦し気な面持ちで魔法陣の上で詠唱し魔法を放ち続け、玉の汗を額に滲ませている。白い肌が赤く火照り、今にも倒れてしまいそうに見える―――イルシュタイトが神の欠片?混乱するわたしにアケディアが微笑んだ。


「今の彼は自分の意志で魔法を使っている。ぼくは器を借りていただけだよ。きみたちがあまりにも煩いから、欠片ごと自力で剥がしてここにいるってわけ」

「それって、イルシュタイトは大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないよ。その証拠に、魔法を使っただけでこんなに衰弱している。だけど、あのまま彼の中にいれば、ぼくは殺されてた」

「‥‥それは、どういう‥‥?」

「イルシュタイトには、三国それぞれの王命により密殺の勅が下されている」

「‥‥そんな!!なんで!?」


 急展開すぎて叫んでしまった。ヒステリーな女に映ったのか、アケディアは怪訝そうにわたしを見ていたが止まりそうにない。


「彼はミュゲ国の次期国王になる王子ですよ?!それに、パレスを王に代わってずっと守ってきた!実の親が彼を殺せと命じていると!?」

「うるさいなぁ‥‥こっちは寝起きなんだから、静かにしてくれる?」


 耳を塞ぎつつ不愉快そうな顔で言う。イルシュタイトが殺される理由も心当たりもない。あるとすれば、デビュタントの時の親子喧嘩をこじらせたのだろうかと思う程度のもので、それすらも密殺につながるほど深刻なものではなかったはずだ。


「どうして‥‥」

「パレスに魔力を送り続けることができたのはぼくが彼の中にいたからだ。彼の実力じゃない」

「だとしても、全ての選択は彼自身の意志だったのでしょう?!平和を願い、国の安寧を願って動いた彼を殺すなんて‥‥」

「そういう国になってしまったんだよ」


 大きくため息をつく。虚ろに空を見上げる彼を見ていたら、熱が冷め、段々と正気が戻っていく。


「すいません‥‥感情的になって」

「いいよ」

「ここは‥‥あなたの意識の中ですか?」


 水面に浮かぶ彼の背後に広がる荘厳な空気の中、零れる様な星を湛えた夜空を見ながら問いかける。


「うん。ぼくは、【静業の殿】と呼んでる」

「せいごんの‥‥でん?」

「祈ることも、祈られることも、見つけられることも、見つかることもない。魂の中の虚無の空間。それが、ぼくのいるべき場所だから」


 静かにつぶやいた彼の言葉はどこか寂し気で、典雅な雰囲気とは程遠い幼ささえある。長い髪を揺蕩わせながら水面を歩きつつ手をこまねく。


「おいで」


 彼に招かれるまま足を踏み出し水面にそっと置いてみる。透き通った水面に足を漬けると、張り詰めた表面張力で体が浮かび上がり、ふわふわとした足元でなんとか立ち上がった。

先が見えないほど広大な水面を進む。これだけの水を湛えていながら湿気を感じない。わたしはアケディアの背中を追うように歩き出した。


「まだエフィラから神器(シーク)の真名は聞いてないんだね」

「はい‥‥いろいろ、ありまして」

「きみたちはいつまで諍いを起こし続ければ気が済むんだろうね?人の寿命は延びてもせいぜい100年、魔法使い(ソルシエ)でも力のない者は200年ともたない器だというのに。彼らを束ねる長であらねばならないはずのきみたち王族どもの求心力が無くなっているからだとなぜわからないのかな?羞恥心すら忘れた獣がなぜ代を重ねて続けていけるのか。この世界の理には甚だ疑問だね」

「‥‥面目次第もございません」


 神の欠片にそう言われたら反論できるわけがない。確かにその通りだ。国同士が争い合い領土を奪い合っている場合ではない。世界の均衡が少しづつ崩れていることは、だれもが気が付いていた。その証拠に、何百年も起こることさえなかったそれぞれの国での異変が物語っている。


 歩き着くと、アケディアが入っていた聖櫃と祭壇にたどり着いた。彼は長い脚を組み座り込むと、そこに座れと言わんばかりに視線で合図した。祭壇の角に腰かける彼に倣うようにわたしも座る。


 見える景色は途方もない湖面のみで、夜空から映し出される黒と満天の星が蛍の様に映し出されていて、永遠に見ていたくなるのを堪えつつ口火を切った。


「さっきの話のつづきなんですけど‥‥」

「いいよ。続けて」

「ありがとうございます。イルシュタイトにあなたが、憑依・・・・していったってことですか?」

「憑依っていうか‥‥レイに弄ばれたんだよ」


 綺麗な唇が言葉を吐き捨てる。神の欠片と言う人智を超えた存在のはずの彼が感情を顕わにする様は人間と変わらない。黄金色の瞳が沈んだままわたしに向けられた。


「イルシュタイトの体にぼくを入れたのはレイだ」



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