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短編小説

終わりなき未来

作者: 雨宮雨霧

セミが鳴きしきる日。学校の屋上のフェンスを越えて今から飛ぼうと思う。ランドセルを置いて、帽子を置いて。靴を脱いで。誰も私の邪魔をしない。させたくない。私はここで、今日を終える。

「やめなよ」

フェンスの後ろから聞こえた声。恐る恐る振り返ると小花柄の白いワンピースを着た女の子が立っていた。水色のランドセルをおろしてゆっくりと近付いてくる。長い髪を束ねていたゴムを外して風になびかせていく。気にせずに飛んでしまえばいいものの、この子の前で飛ぶのも気が引ける。目の前まで来たと思えばフェンスをよじ登ってきた。

「危ないから降りて」

「どの口が言っているのよ。あなたも危ない場所に居るくせに」

私の隣に立った少女は静かにこちらを見つめてくる。つい目を逸らしてしまったがとても綺麗な子だ。睫毛が長くて、目も透き通るように綺麗。サラサラの髪に水色のヘアピンがよく映える。儚いくらいに白い肌。雪のように消えてしまいそう。

「…なんでここに来たの?屋上は入っちゃいけないのに」

「先生から逃げてるの。花瓶割っちゃってね」

あと一歩踏み出せば落ちてしまえる場所。早くこの子に退いてほしいけど動く気配もない。風の強い屋上は間違えれば真っ逆さまだ。セミの声も運動場から聞こえる声も耳障り。流れる雲は目障り。なんでこんなに晴れ渡っているのだろう。なんでこんなに青いのだろう。私の気も知らないでこの子はなにがしたいのか。ジリジリと焼け付くような暑さ。日陰もないからもろに日を浴びてしまう。もう諦めて帰ろうかな、学校以外にも場所はあるのだから。フェンスを持って、足をかける。するとタイミングよく強風が吹き荒れた。

「危ない、早く手を取りなさい」

「その手を離して!あなたまで落ちてしまう、それはダメなの」

落ちたと思ったのにこの子は私の片手を掴んだ。下を向けば目が眩むほどに遠い地面が見える。上を向けば必死で私を助けようとしてくれる子が見える。一緒に落ちてしまう、それは絶対にダメだ。何の関係もない子の命を奪えるほど、私は薄情な人間ではない。互いの小さな体ではもう限界が近くなってきた。

「やっと見つけた。青羽さんそこは危ないから戻ってきなさい」

「先生、助けて」

運がいいのか悪いのか。この少女を探しに来た先生が駆けつけてきて私は落ちずに済んだ。死が見えた恐怖とバクバクしたままの心臓と。膝から崩れ落ちて泣いてしまった。かっこ悪い、弱さはもう誰にも見せたくないのに。知らない子と先生に助けられてしまうなんて計画にはなかった。私さえ居なくなれば、死んでしまえば。みんな幸せになるんだ。

「神楽さん、なんであんな真似をしたの」

「先生には関係ないです。なにも知らないくせに怒るんですか。怒るなら怒ってください。それか殺してください」

顔は下げたまま積もりに積もった行き場のない想いをぶちまけていく。もうどうしようもない感情、自分ではどう頑張ってもコントロールが効かない。

「なに言ってるの?」

伸びた前髪をかき分けて目を合わせようとする少女。ぐしゃぐしゃになった心も顔も全部見られてしまった。もう幻滅どころかゴミ以下だと思われてしまっただろう。真っ直ぐな彼女の目。やわらかくて小さな手が頭に触れた。

「私があなたを助けたの。だから生きていないと許さないわ。なにがあったかは知らないけど、過去は過去。これからの人生のほうがうんと長いのよ」

夕方になって私と彼女は家に帰された。一緒に帰りながら彼女は足を止めた。それにつられて私も足を止めた。「目を閉じて」そう言われて素直に従う。互いの唇が触れ、つい目を見開く。わざとらしく笑う彼女を追いかけ、明日につながる道を走った。今も隣には透き通るような目をした女の子が居る。

「大学まで一緒だなんて、どれだけ私のこと好きなの」

「それはあなたも、でしょ?」

せっかくの救われた命だ。小学生だった頃の私には想像もできなかったような、眩しいくらいに光る未来へ歩いていく。彼女と共に、これからもずっと。

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― 新着の感想 ―
生きたいと思えるようになったようで良かったです。 二人が出会ってから、これまでどんな人生を歩んできたのかも読んでみたいと思いましたが、それはきっと野暮なのでしょうね。想像で補完しようと思います。 読…
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