第38話 悪役アビロス、エリス王女の救出に向かう
「あれが、例の建物だな」
「そうですね、アビロス。入り口付近に人影があります。見張りでしょうか?」
「ご主人様、こっそり中には入れなさそうです」
ステラに続いて口を開いたのは俺の専属メイド、ララだ。
俺たちがこの建物に向かう途中で合流した。戦力と人手は1人でも多い方がいいからな。
さて、建物の入り口付近には2名の見張り。
「クソ……エリス……わたしが一撃で……」
「まて、マリーナ。落ち着け」
いきなり突撃するのはマズイ。中のエリス王女がどういう状況かもわからないんだ。
序盤から侵入がバレれば、別の場所へ移動させられるリスクもある。最悪殺害も……あり得る。
様子を伺う限り、2名の見張りに隙は無い。
太陽が俺たちの頭上でさんさんと輝き、物陰に隠れての接近も難しそうだ。
だが俺達には頼りになる仲間がいる。
「……ナリサ。頼めるか?」
「うん、やってみるアビロス君。……怠惰の芳香」
ナリサが静かに香りをふりまいた。
「ふあぁあ~~、たく一日中つっ立てるのもバカらしいなぁ~、ポワ~ン」
「まったくだ。太陽はギラギラと暑苦しいしよ~~まあでも仕事だからな~、ポワ~ン」
「くっ……距離が……もっと香りが必要かも……」
ナリサが唇をキュッとかむ。どうやら効きが良くないらしい。
「ちょっとぐらい休憩してもいいよなぁ? ポワ~ン」
「んん? いや~~どうだろうなぁ~~。ポワ~ン」
「アビロス君……やっぱりわたしの力じゃ……」
「いや、ナリサ。大丈夫だ……おまえならやれる!」
「う、うん……わたし頑張る! いくね!」
え? いく? どこへ?
急に上着を脱ぎ捨てるナリサ。
さらにシャツのボタンを何個か外して、いきなり見張りの前に躍り出た。
「お、おにいさんたち! わ、わ、わたしと休憩しましょう」
「うぉおおおお~~なんか、かわいい子出てきた~~~ポワ~~ン、ポワ~~ン」
「するするする~~~休憩しまくるぅうう~~~ポワ~~ン、ポワ~~ン」
すげぇ~~
見張りの眼がなんかハートになってないか?
「いや……凄いな、ナリサ。とんでもない香りだ……」
極めれば精神操作も可能になるのでは? そうなればもはや無敵だぞ。
「アビロっち……最後のは香りとかじゃないと思うけど。ウルもここに残るから、今のうちにね」
「ああ、わかった。みんな、行くぞ」
「あ、アビロっち」
「なんだウルネラ?」
「全部終わったら、ナリサにご褒美あげてね~~どういうご褒美かはわかるっしょ」
「お、おう……もちろんだ!」
ご褒美か……いいだろう最高の焼肉をご馳走してやるか。
ナリサにウルネラ、2人とも最高の友人だぜ。
◇◇◇
建物内部に入ると、地下通路を発見した俺たち。
慎重に奥へと進む。
「エリス……必ず助けてやるからな」
「ああ、もちろんだ。絶対に助ける。だからこそ慎重さを忘れるなよ」
「アビ……わかっているさ」
俺はマリーナの声に応えつつも、冷静さを保つよう促した。
この件が始まって以来、彼女の精神はかなり不安定だ。
マリーナ程の手練れがこの状態になるとは……よほど妹を溺愛しているのだろう。
「にしても、なんかやけに明るいな」
「そうですね、アビロス。魔力で地上の日光を取り入れているようです」
ステラが天井を指さす。
なるほど、至る所に電線のようなものが張り巡らせてある。魔道具のようなものなのだろう。
もちろん室内に明かりは必須だが、やりすぎなぐらい眩しい。
俺たちが長い階段を下りていくと、異様な空間にでた。椅子が大量に置かれている。
「なんですか……ここ」
ステラが絶句したのも無理はない。
何人もの少女が拘束されていたのだ、イスに縛り付けられて。
「とにかく手分けして拘束を解こう。あとエリス王女がいたら手をあげてくれ」
各自、少女たちのもとへ散らばる。
「アビロス、こんなこと許せません」
「ああ、連中この子達から血を抜き取って何かをしているようだな」
「酷い……こんな気を失うまで……」
ステラが嫌悪感をあらわにする。
拘束された少女たちは、その腕に管が刺さっており無理やり採血を繰り返されていたようだ。
う~ん。原作ストーリーにはこんなのなかったぞ。
誘拐元は、王家に恨みを持つ没落貴族だったはず。第4王女を誘拐して王家を揺さぶりさいごは自身も自害するといった内容だったか。またしても改変が加わっているのか。
それに―――
金髪の少女はいなかった。
エリス王女、まさかここではないのか。
「アビロス君~~」「アビロっち~~」
「おお、グッドタイミングだ」
駆けつけてきたナリサとウルネラにここの少女たちを任せて、俺たちはさらに奥へ行く。
進んだ先に大きな空間が現れる、まるで闘技場のような大きさだ。
「地下にこんな大きな施設を作るなんて、いったい何者なんでしょう」
「ああ、かなりの組織力がなければこんなことはできないな」
いや、本当に何者だ? 原作の没落貴族じゃこんな施設は作れないぞ。
「――――――エリス!?」
マリーナの声が地下空間に響く。
ポツンと置かれた椅子に固定されている少女。金髪に赤いリボン。
あれが第4王女のエリスか。
「あ……ん…ん……お、お姉……さま」
他の少女と同じように椅子に縛り付けられてはいるが、まだ意識はあるようだ。
「ホウ。誰かと思えば第三王女さまではありませんか。これはラッキーですなぁ~さらう手間が省けたわい」
エリスの後ろから、ヌッと現れた中年男性。
「貴様っ! わたしの大事なエリスになにをした!」
「フハ、なにをしたって、みりゃわかるだろうマリーナ王女殿下。血だよ……血液が必要なんだ。エリス王女殿下は貴重なサンプルだからな」
「ふざけるなっ! その薄汚い手をエリスからどけろ!」
「おい、血がなぜ必要なんだ?」
俺は爆発しそうなマリーナを制止して、会話に割り込む。
組織の規模や、目的など引き出せる情報は引き出したい。原作を知る俺ですら、こいつらが何者かまったくわからんし。
「フハ、全ては太陽神さまのお導きだ」
「太陽神だと?」
「そうだ、我らは太陽神様を唯一の主とする太陽教。まあ表立っては知られておらんがな」
太陽教? なんだそれ? また新しいワードが出てきやがった。
「そんなことを俺たちにベラベラ話していいのかよ」
「フハ、問題ない。お前たちはここで始末するからなぁ!」
そういうと男の後ろからゾロゾロと新たに人影が。
「ブリング司教、いかがしましょう?」
「フハ、男2人は殺せ。第3王女は生け捕りだ。王族の血は絶対に確保しろ。あとの女は採血するだけ搾り取って廃棄しろ」
こくりと頷く男。まわりに目配せすると、周りの奴らも各々獲物を取り出し戦闘の構えを取る。
10……20人か。俺たちも各自構えをとる。
「フハ、太陽教の恐ろしさを思い知らせてや――――――!?」
「うぉおおおおお!!
――――――王家の赤い炎槍!!」
司教の言葉が終わる前に、とてつもない高熱の槍が根こそぎ男たちを吹っ飛ばす。
無事なのは、辛うじて退避した司教のみである。
「エリス~~~~!」
猛ダッシュでエリス王女の元へ駆けつけるマリーナ。
マジかよ……構えからみるに全員そこそこの手練れだったはず。それを―――
―――瞬殺!?
ダメだ、こいつは怒らせないようにしよう。
「ステラもエリス王女の元へ! サポートしてやってくれ!」
「ええ! わかったわ!」
「ララ、ブレイル! 俺たちで司教を抑えるぞ!」
「ハイです! ご主人様!」
「ふぇえええ~~ぼ、ぼ、ぼくも!?」
なんか一部情けない声が聞こえた気もするが、そんなことを気にする暇はない。
なぜなら、とんでもない魔力が漏れ始めたからだ。
「ぐっ……調子にのるなよガキどもが。まとめてあの世に送ってくれるわい!」
司教の両手に高濃度の魔力が集中して、周りの空間が揺らぎはじめる。
―――こいつ、けっこうやるぞ。
ただのやられ役おっさんじゃない!
ハハッ、面白い! 本家悪役の力、みせてやる!