Revealing Personal Anecdote3〈ならば先手で行こうか〉
私ね、自分の最期はどんなんだろうって時折、想像する。
何才の時に、どんな死を迎えるのかな? 今、私はまだ高2だけど。
私に、いつもつきまとってる、漠然とした死への畏怖と憧れ。
理想は、深い眠りに落ちて、自分でも気がつかない間にいつの間にか死んでるっていうのがいい。
出来れば美しい姿での、若い死に憧れるけれど、だからと言って死ぬのは怖いから、ただ生きている。
見回せば、繰り広げられてる華やかな立食パーティー。
ステージには何処かで見たことがあるような司会の女性。有名な人かも。
会場にいるのは、高級ブランドで着飾ったエレガントなゲストたち。そういう私もその中の一人。
幾つものグラスを乗せたシルバートレイ片手に、スマートに立ち振る舞う黒服のサーバーたち。
あの人もこの人も楽しげに微笑んでるけど、いつかみんなみんなみんな死ぬ。
100年後にはここにいる人たち全員、この世からだあれもいなくなってるって思うと、なんだか怖くなる。
「楽しんでいますか? 確か城門寺さんの娘さんですよね? 今日はお一人で? えっと‥‥‥」
誰? 親の知り合いなんだろうけど。私は知らない男性。
20代前半くらいかな? ウザッ‥‥
「はい、城門寺桃花です。今日は母と一緒ですが、先ほどパウダールームに。あの、失礼ですが、あなたは‥‥?」
私は本当は一人で来たの。大好きなママのために。可哀想なママのために。
「はじめまして。僕は─────」
一見爽やかな、貴公子のようなこの男のどうでもいい自己紹介と自慢話は、私の耳の穴を見事にスルーしてく。ここに来て以来、口角を意識的に上げて笑みを保つ私の頬は、かなり疲労してる。
「桃花さん、このスパークリングワインは中々ですよ」
男は私にグラスを差し出す。
「すみません、私、実はまだ高校生なのでアルコールは‥‥‥。あ、家から着信が来たみたい。失礼します」
かるく会釈して、バッグからそそくさとスマホを取り出しながら廊下への扉に向かった。
さっきの男が後ろで舌打ちしてるの、感じる。
疲れる。もうそろそろ帰ってもいいかな。知り合いには数人挨拶出来たし、レセプションの記念品は先に受け取ってあるから出席した証拠もある。これ貰うために来たと言っても過言じゃない。これが無かったら、お父様からどこに行っていたのかと疑われる。
ママはお父様には内緒で、この近くのホテルでの同窓会に出席してる。お父様に知れたら行くのを許してくれないから、私はママのアリバイ作りのために、同窓会と時間が被るこのレセプションに参加してるだけ。
私たちには自由が無い。強権的なお父様に縛られて。家族へのパワハラも凄まじい。自分が法だと思ってる。
だからママと私は協力してお互いの自由を作る。
ママは、本当は他の人と結婚するはずだったって、母方の親戚が、こそこそ噂話しているのを盗み聞きしてしまったことがある。
ママの実家の家業が思わしくなくて、城門寺一族関連から融資を受けてたらしくて断りきれなくなったらしい。こうなったのも、お父様が美しいママを見初めて実家を嵌めたという噂。
こんな噂まであるお父様だもの。このまま行ったら、私の結婚相手は勝手にお父様に決められてしまうだろう。
ママも私もあの人のお飾りで、単なるコマだ。
私はお父様が薦める国内の大学に入学したら、すぐに休学してイギリス留学しようと思う。それなら聞こえがいいから、お父様は許してくれると思う。とても見栄っ張りな人だから。
向こうの大学を卒業し成人を迎えたら、そのまま向こうで就職すればいい。私はお父様から逃げる。ママも私を応援してくれてる。
ただ、残されるママが心配だけど、ママは自分のことより私が狭い鳥かごから出ることを願ってくれてる。私が自立したら、ママを救ってあげられるから、もう少しの我慢。
私はそのままホテルを出て、目についたカフェに入る。
人目につきにくい壁際の席に座った。ママに待ち合わせ場所のメッセージを送信した後、読書をしたり、さり気なく人間観察をしながらママが現れるまで、1時間ほど待った。
***
ママはすごく楽しい時間を過ごして来たのが伝わる。家では見れない本物のキラキラ笑顔。
「おまたせ! モモ。モモのお陰でママすごく楽しかったわ。ありがとうね。20年ぶりに学生時代のお友だちに会ったというのに不思議ね、お互い顔をみた瞬間から一気に学生時代に時が戻ったわ」
「良かったね、ママ。こちらも特に問題なしだったよ。お料理もわりと美味しかった。‥‥‥さあママ、そろそろ時間だよ? 残念だけど現実に戻ろっか?」
私は立ち上がる。
「あ‥‥そうね‥‥」
お父様は時間に遅れると、それは不機嫌になって後が大変になる。面倒だから余裕を持って行動したほうがいいの。
私たちはタクシーを拾い、自宅マンションの近くで降りた。もう、7時過ぎ。けど、8時前に帰るとお父様には連絡してあるから問題は無い。
ママとマンションのエントランスへとアプローチを抜けた直後だった。
「キャーッ!!」
私たちの目の前で、それは起きた。
何かの陰が私の視界の隅を掠めた刹那、女性の叫び声!
同時に、下のタイルに何か硬い物がぶつかって割れるような音がした。
「‥‥痛ッ!」
私の脚と腕と頬に硬いツブテがぶつかった。
今のって、何かが落ちて来て地上に激突し、砕けた欠片がすごい勢いで跳ね返った?
───この上から?
見上げれば押しつぶされそうな圧迫感の壁。間近から巨大なこのマンションを仰いでも、何も分からない。
エントランス手前では、会社員風の中年男性がビジネスバッグを投げ出して尻もちをつき、ワンピース姿の若い女性が、扉の数メートル手前で震えて立ちすくんでいる。
「なんだコレッッ!!! 氷だ!!」
スーツの男性が、四方に飛び散っていた欠片の1つを掴んだ。
「も、モモ、大丈夫? 目をケガしなくて良かったわ」
ママが私の頬をハンカチで拭うと小さな赤いシミが付いた。切れたの、気がつかなかった。
「私は大丈夫よ。ママこそ大丈夫?」
幸いなことに、他の人も大したケガはないようだった。
「冷てっ‥‥氷って!? まさか飛行機からか? いや、これはキレイに透き通った純氷の欠片だ。‥‥‥誰かがバルコニー、もしくは窓から落とした‥‥? また続けて何かが落ちて来るかもしれないから、皆さんもっとここから離れた方がいい。下がりましょう。僕は3ヶ月前にこここに入居したばかりですけど、確か先月も消化器が投げ落とされる事件があったようですよね?」
スーツの男性が、立ちすくむ女性を促しながら私たちに声をかけた。
「はい、そのことは知ってます。広報がありましたし、小さなニュースにもなってましたけど、犯人は見つかってはいないし、子どものいたずらだったのではと言われてます」
男性に支えられた女性は、皮膚の小さな流血よりも心が傷だったらしく、シクシク泣き出した。
やがてパトカーが集まって来て辺りは騒然となり、私たちはそのまま病院に運ばれ、警察から当時の状況を聞かれ、明日もこの続きの協力をお願いされてから帰された。
警察からの帰りのタクシーの中は無言。たぶんだけど、ママもきっと私と同じことを考えているんだと思う。
───家で確かめたいことがある。
先月投げ落とされた消化器。あの時、私たちの住むフロアの共有部分に設置された消化器の1つが消えていた‥‥‥
タワマンのエレベーターは、防犯上、自分の入居フロアでしか降りられない仕組み。だからって絶対にその階の住人以外は入れないわけじゃない。
住人同士お互い顔なんて知らないし、扉が開きさえすれば誰が一緒に降りたっておかしくは思わない。だから消火器が消えたとしても、なんの根拠にさえならないし、特に意味は持たせられないのだけれど‥‥‥
実際、生卵やら、子どものおもちゃのミニカーやら地上に落下した痕跡の報告はたびたび続いてるけれど、あれこれ広まるとマンションの価値に関わるから、特に人的被害がない場合は、住人たちは問題にしたくないみたい。流石に消火器落下は警察沙汰になったけれど‥‥‥
私は『純氷』というワードが引っかかってる。
先日、お父様が仲間と釣りに行くからって、ママに板氷を注文して置くように話していたのを知っている。湖での釣りは天候が悪くて流れたから、そのまま家のフリーザーに残っていなければおかしい。
あんな塊の氷は保冷用だし、家ではお父様の釣り用途以外では使いようも無い。
もし、もしもあれが冷凍庫から無くなっていたら?
───犯人はお父様が濃厚だということね。
まさか、ママと私を狙って? 保険金をかけているのかも‥‥‥
ママと目線があった。カフェで私に見せた笑顔は幻。そこには暗澹を湛えた陰鬱な瞳。
「‥‥‥ママ、降車したら、私のお話聞いてくれる?」
***
「‥‥もしもフリーザーから板氷が無くなっていたら」
お父様の仕業だと見てまず間違いはない。プライドに凝り固まって、他人を見下してるあの男なら全く不思議じゃない。人を人だと思っていないし。
知ってるの。ママにもDVしてること。
あの男がやはりそうだとして、その事実がバレたら私たちは世間から犯罪者の妻と娘というレッテルを一生貼られてしまう。そうよ、それは私が死ぬまでつきまとう汚名。
きっとあの男は仕事でもハラスメントの塊だろうから、周りがあの男から受けて来たこれまでの苦痛は、家族である私たちにも向かうだろう。私たちが一番の被害者だっていうのに。
ママと私はどこまであの男の犠牲になればいいの?
しかも今回は私たちを狙った可能性まである。あのジジイ、本妻を狙う愛人にでも唆されたのかも‥‥‥
夜風が、私のうなじを冷やしてスーッと通り過ぎた。
「‥‥まだ決断するには早いけれど」
ママが私を抱き締めて耳元で囁いた。更に声を潜めて、息だけの声で繋いだ。
「‥‥もし、そうだったとしたら この場合、"先手必勝" ‥‥かしら?」
小さなダイアモンドの粒に縁取られたサファイアが、青く冷たく光るママの耳元で、私は本心をそっと打ち明ける。
「うん、私はママがいればそれでいい。あいつがいなくなれば、わざわざこっちで受験してから留学しなくても済むもの。それに、私は何もしてないのに犯罪者の家族にされて、世間から誹られるのは耐えられない。もしそうだったとしたら、きっとまたやるよ? 死人でも出たら、もう取り返しがつかないよ? だから誰にも知られないうちに止めさせないと。多少強引にでも───」
私たちにお父様を止めることなんて出来はしない。
───そうしない限りは。
「‥‥強引にでも‥‥‥そうね。もし‥‥‥もしもそうだったとしたら、どうやって?」
「もしそうだとしたら、お父様は何かを高いところから落とすのが快楽なんでしょう。今まで好き放題してきたんだもん。なら、最期もそうしたら喜んでくれるんじゃないかな?」
***
『────未明に近隣住民から発見された男性は、同マンション最上階に住む城門寺さんと見られており、既に死亡が確認されています。高所から落下したと思われ、警察では事件事故、自殺の可能性を視野に入れ、調べる方針です。では、次は全国の天気───』
飲み終わったマグを手に立ち上がり、リモコンでテレビをオフにした。
顔を洗い、洗面台の鏡を見ながら、氷がつけた頬のキズを指でなぞる。
血はとっくに乾いてる。
生きてさえいれば、新しい朝が始まるの。