黄色の勇者の独白 注 )百合的表現あり
『あの人』は……突然いなくなった。
私に『彼』を譲る為だ。
私が想いを寄せる『彼』が、『あの人』の事を大切に考えている事を私は知っている。
『あの人』だって『彼』の事を愛している。そんなの見ていればわかる。
詳しくは知らないけど、あの二人は昔からの知り合いで……違うかな。もしかしたら付き合っていたのかもしれない。
でも今は、何かが壁になっていて、お互いがその『壁』を決して越えようとしない。
そんな『壁』をはさんで想い合っている彼らを見ていると少しイライラしてしまう。
だって、これじゃあ私も前に進めない。
こんな二人の間に割り込んで告白するほど私は空気を読めない人間じゃない。
だから、私は諦めた。
このまま、絶妙な距離感で楽しく過ごせればいいなぁ。
そう思う事にした。
あの日。『あの人』と二人で夜を過ごす事になった。
その時に気づいてしまった。
『あの人』も私の『彼』対する気持ちに気付いていることに。
絶対に、誰にも気付かれないよう細心の注意を払って過ごしてきたのに。
『あの人』も私の事を見ていてくれた。
『あの人』も、ずっと私の事を大切な一人の人間として見てくれていたんだ。
私にとっても『あの人』はとても大切で、一人の人間として大好きな存在。
それ故に、『あの人』の考えている事がわかる。
私に『彼』を譲って、私たちのそばから離れる気だ。
嫌だっ!
『あの人』がいたから私は心の闇をはらい、今日まで頑張ってこれた。
『あの人』も心に深い傷を隠し持っている。
私も『あの人』を支えていきたい。
だから『あの人』を独りぼっちにはさせたくない。
歪な関係であったとしても、『あの人』を私の元に繋ぎ止めておきたい。そう思った。
窓から、太陽の光が差し込んできた。
いろいろ考えていたら、いつの間か朝になっていた。
となりには優しい寝息を立てて、『あの人』が眠っている。
真っ白なシーツが、銀色の髪を美しく際立たせる。
起こさないように美しい銀髪を人差し指に巻き付け、吐息をそっと吹きかける。
甘い香りが私の鼻腔を優しく擽ぐった。
こんな事しても嫌われないかな。
少し不安がよぎる。
でも、こんな事でしか『あの人』を繋ぎ止める方法が見つからない。
トクトク……
わたしの心臓の鼓動が少し早くなった気がした。
ゆっくりと顔を近づける。
『あの人』の吐息が私の顔にかかる距離まで近づいた。
さらに鼓動が早くなる。
目を閉じ、自分の唇を『あの人』の唇に重ねる。
初めてのキスだけど、恋愛小説でそういうシーンは何度も見てきている。これが正しいかどうかは分からないけど、私の想いは込められている。間違っていない事は確かだ。
「ううっ……」
『あの人』から苦しそうな呻き声が漏れる。
私の唇が呼吸を阻害しているから当然の現象だ。
呼吸を遮られた苦しさから『あの人』の唇が私から逃れようとする。
(だめ……逃がしてあげない。)
ほんの少しだけ重力の力をかりて強く押し付ける。
『あの人』の目が開く気配がした。
「んぅっ⁉︎」
はっきりとした呻き声が聞こえた。
一旦離れる。
でも逃がさないように、馬乗りで両足を使って体をロックする。
「おはようございまぁす。フレデリカさん」
警戒されないようにいつもの私に戻る。
まだ何をされたかは気付かせてあげない。
これまで私が前に進めなかった要因に対する、些細なる復讐。
『彼』の心の中では勝てなかった劣等感を払う為の、小賢しいまでの儀式。
でも、すぐに気付かせてあげる。
チュ……
自然に。あたりまえのように唇に触れる。
「おはようのキスですよ。フレデリカさん」
『あの人』がいつも可愛いって言ってくれる笑顔で朝の挨拶を交わす。
私のほんとうの意図は気づかせない。
朝食にサンドウィッチを作り、みんなと合流する。
私は悪い女の子だ。
みんなの前で『あの人』を辱める事をする。
「実は……わたし……フレデリカさんが初めての相手でした。私のファーストキス。恥ずかしかったけど貰ってくれて嬉しかったです!」
否定された。あたりまえだ。
でも想定内。
この人を引き止める為なら涙だって流せる。
「女の子同士じゃ愛し合っちゃいけないんですか?」
追い討ちをかける。
これで私は、相当おかしな女の子と思われた。
でも別に構わない。
『あの人』が私の知らない遠いところに行ってしまうよりはマシだ。
こんな酷いことをしたのに『あの人』は言ってくれた。
「ニーサちゃんの気持ち、とっても嬉しいよ」
ああ……これは嘘じゃない。本心から出てきた言葉だ。
その夜、再び二人で話す機会を与えられた。
私の考えを見透かされているからだろうか。
核心を突かれた。
そんな気はないのに、勝手に涙が溢れてきた。
心の中で『止まれ!止まれ!』と叫んだけど、全然堰き止める事は出来なかった。
「フレデリカさんのこと大好きだから!」
これも嘘じゃない。
一番伝えたいこと。
『あの人』は言う。
「ホークのことを愛してあげて」
翌朝。
『あの人』は旅立っていった。
警戒はしていた。
でも意表を突かれ、ほんの一瞬だけ意識が違うところに持っていかれてしまった。
その隙を突かれ、何も言わずに行ってしまった。
あれから三年経つけど、『あの人』の行方はわからないままだ。
でも、いつか必ず見つけ出して連れ戻す。
そして頬の一つでもはたいて反省させてやるんだから。
FIN




