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乾杯!  作者: 蝶佐崎
9/21

忘れていった酒・1


 ヒューイは首を竦める。

 頭上を鎌が通過していった。

「あぶねえあぶねえ……っと」

 鎌を振るった張本人を短剣の柄で手早く気絶させ、茂みに隠れる。もちろん、大切な品を忘れることはない。茂みに手繰(たぐ)り寄せる。

 彼はどこの国にも属さない、いわゆる『何でも屋』と呼ばれる組織に入っていた。その仕事の一環で、今は魔の森にいる。

 危険とは聞いていたが、ここまで追手がかかるとは思ってもいなかった。一人で受けて正解だ。

 そう胸を撫で下ろしたヒューイは、後ろから肩を叩かれ、それをうるさそうに払った。

「何だよ、ウォル。奴に仲間が集るかどうか確認しねえと……」

 そこまで言ってから、そういえばと思い出した。

 ヒューイが可愛がっている弟分は、別の仕事でクレアスチア国の帝都に出向いている。

 恐る恐る振り返ると、カマキリをそのままの比率で大きくしたような化け物が、特大の鎌でこちらの首を狙っていた。

「うわおうえぇっ!」

 奇声を発しながら飛び退くと、間一髪でそこに鎌が振り下ろされた。

 さっき気絶させた追手を見ると、残念なことに、他のライオンのような化け物がその場にしゃがみこんでいる。かなり気の毒だが、追ってきたそちらが悪い。

 再びヒューイが鎌の化け物を見ると、そいつは鎌を熱心に研いでいた。

 もちろん彼はその鎌の切れ味を自分の首で試そうとは思わない。よって、彼はさっさとずらからせてもらうことにした。


 こっそり抜け出したヒューイは、自分が魔の森を抜け出したことに気付いた。

 さらさらと草原の揺れる音が心地よい。空は雲一つなく、まさに最高の天気だ。

 事前に叩き込んだ地図を頭の中で思い出す。そういえば『魔の森』の中心にぽっかりと空白があり、そこが『聖なる土地』だと聞いた覚えがある。

 では、ここがその土地なのか。

 ヒューイは草原の中央に何か白いものが見えた気がしたので、行くことにした。

 それは墓地だった。真っ白の大理石で作られたそれらは等間隔に並んでおり、墓石にはこの大陸のものではない言語で何かが刻まれている。

 何より、字が刻まれていようとなかろうと、それは荘厳(そうごん)な眺めだった。

 ヒューイはしばし見とれてから、今回の依頼を思い出す。慌てて、依頼人の仏頂面をした男性から受け取った花束を取り出した。会った際、金髪碧眼(きんぱつへきがん)なのだから、笑顔を見せれば美形に見えるだろうにと思ったのは内緒である。依頼人はどうやら騎士団の連中らしく、余計なことを言ったら斬られるかもしれないと感じたからである。

 依頼内容は『聖なる土地にある墓の一つに、この花束を手向けてきてほしい』だ。

 どれでもいいと聞いていたので、しばらくうろうろと周りを巡る。

 やがて彼は、どの墓にも同じ花束が添えられていることに気付く。

 しかし一つだけ、小さな小さな、そして可愛らしい花が手向けられた墓を見つけた。

 その隣の墓がかわいそうな気がして、ヒューイはそこに花束を手向けてやる。

 そして一歩下がり黙祷(もくとう)

 風の勢いが弱まったように感じたのは気のせいか。

「……うし。依頼完了、っと」

 やがて黙祷を止めたヒューイは、森を突っ切る準備を始める。

 その首筋に、ぶっとい剣が添えられた。

「……あ」

「何しに来た?」

 やけに静かな声。高さからして女性のようだ。そして、剣もかなり扱える剣士のようでもある。

 嘘を話せば即座に斬る、そういった空気を放っていた。

 追手ではないようだ。

「……依頼を受けてた。ここの墓の一つに花束を手向けてくれってよ」

「へえ?」

 女性の声音にひやりとしたものが混ざる。

「嘘だと思うんなら後ろを見るんだな。俺あ学がねえから名前は知らねえけどな。赤と白の花が綺麗だぜ」

 ヒューイの話に、女性はためらってから剣を離し、本当に見に行った。

 こっそり振り返って彼女の背中を眺める。太陽のような金色の長髪に見とれてしまったのは、後生(ごしょう)誰にも話さないだろう。

 しばらくしてから女性は済まなそうな顔で戻ってきた。

 そのままヒューイの前に正座し、頭を下げようとする。

「うおい!? 何だよいきなり!」

「本当にごめん! またどこかの冷やかしかと思ったんだ」

 まじまじと女性を見つめた。

「それぐらい、いいってよ。頭下げんでも」

「でも、済まない……」

 彼女に尻尾があったならば、しょぼんと垂れ下がっていたのかもしれない。

 やけに可愛い顔に、胸が動いた。

 もしかしたら、これが運命の出会いってやつか?

 それなら、自分がとる行動は一つだ。

「だからいいって。それよりあんたの名前は? 金髪にこんなに綺麗な金色の瞳のセットは初めて見るんだけどな」

 早速口説き落としにかかる。組織一の女たらしと呼ばれる所以だ。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)、敗けは一度もなかった。

 なかったのだが、今回の相手はただ者ではなかった。

「俺? ジュン・タチバナって言うんだ。元々旅人だし、遠くで生まれたんでね。ここらで見なくてもおかしくないと思う。父からは髪と瞳の色を、母からはこの顔をもらったんだ」

「さぞかしお袋さんはべっぴんだったんだろうな。しかし、タチバナって名字もまた珍しいじゃねえか」

「旦那が東の最果て、日本生まれでね。俺もなんだけど」

 ヒューイは倒れた。ジュンはいくばくの経験値をもらった。

「結婚済みかよ……!」

「え、何か悪かった? てか何でいきなり倒れたのさ?」

 ここまで首を傾げられると、冗談ではなく本当に心配されているのかもしれない。

「……何でもねえよ」

 長々と溜め息をついたヒューイはまた体を起こし、ジュンと同じ目線になった。

「で? なんであんたはここにいるんだ?」

「だからその旦那と、ダチの墓参り」

 今度は前に倒れた。それから慌てて起き上がる。

「いや……ちょっと待て! この墓地はここらに人が住む前からあったって話だぞ!」

「うん。今住んでる人たちが現れる前にここで大きな戦があって、俺のダチはみんな、その戦で死んだんだ」

 その言葉に詰まった。いくつか突っ込む点はあるが、今は突っ込める空気じゃない。

 みんな、って。それじゃあんた、今一人なんじゃねえか。

 ヒューイが思わずその言葉を飲み込んだとき、ジュンがふらりと立ち上がり、墓に向かった。慌ててあとを追う。

 ジュンが立って見下ろしたのは、ヒューイが花束を手向けた墓だった。

「……まあ、こいつは何とか生き延びて、ばあちゃんになるまでしっかり生きたんだけどね」

 腹立たしいらしく、荒い溜め息をついてから肩を竦めたジュンは、ヒューイの袖を引っ張った。



新章です。

…これは新章と言うのだろうか?

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