人を想う涙・6
「ジル! さっさと起きろ!」
「ふぇ?」
ジルが目を開けると、腰と頭に手をやる副団長が立っていた。
何故か自室のベッドで寝ている。そして頭が痛い。気持ちが悪い。紛れもない二日酔いだ。
「何ですか?」
何でもいいからとにかく寝かせろ、といった感情を悟ったのか、副団長の顔に意地の悪いものが見えた。
「へーえ? まあオレは挨拶を済ませたからいいけどな。お前は命を助けてもらったり色々してもらったんじゃないのか? ジュンだが、もう出発するらしいぞ」
ジルは一瞬で目が覚めた。飛び起きると全速力で部屋を飛び出す。
息を切らした彼が門に向かうと、団長が必死で引き止めているところだった。
「どうして行かれるのですか!? 暇なんでしょう、もう少しでも滞在していっては……」
「いや。他の国も旅してみたいしね」
へらりと笑った彼女は、ジルに気付く。
「ジュンさん、行ってしまうんですか!?」
「うん」
笑顔で頷いた顔が何とも憎らしい。
「ジル君、面白かったよ。また会ったときには正々堂々、いかさま無しでトランプゲームしよう」
また、という言葉に、胸があつくなった。
「もちろんです!」
もう会わないんじゃない。彼女とまた会えるんだ。否。
彼女の為にも僕自身の為にも、会うまで僕は生き続ける。
そんな心境に気付いたのか気付いていないのか、ジュンはローブをひるがえした。
「それじゃ」
言った彼女は口笛を吹く。突如馬が現れ、彼女はそれに飛び乗って去っていく。
華麗な容姿が見えなくなるまでずっと、ジルはその姿を凝視していた。
やがて、彼女は小さな点になった。大したことも考えず、ため息をついた。
「行ってしまった」
隣の団長も肩を落としている。
まさかこんなところで、この団長と気持ちを共感することになるとは思ってもいなかった。
ジルは改めて、彼女が何者なのか、不思議に思ったのだった。
「団長」
「呼んだか」
団長がこちらを見る。
ジルは一つだけ聞いてみた。
「団長は、ジュンさんとどう知り合ったのですか?」
彼が溜め息をついた姿など、本当に久し振りである。
「昔、オレが帝都に詰めていたころ、事件があってな。『師走の乱』と呼ばれているが、聞いたことはないか」
「聞いたことあります!」
十二月、年末の準備に忙しい帝都の城に、どこから現れたのか、百人ほどの兵が襲いかかってきたのだ。あのとき、国王と当時従者だった団長の目覚ましい活躍で百人を撃退したと聞いたことがある。
「あれで団長は一気に出世したって……」
「そうだ。だが、実は、オレも陛下も、大した数は倒していない」
「……え?」
「殆んどの兵を倒したのは、いきなり空から降ってきたあの人だ」
ジルは呆然となった。
気付いていないのか、団長は苦々しい調子を崩さず、そのまま話を続ける。
「オレ達が戦っていると、上から悲鳴が降ってきてな。上を見上げると、ちょうど顔を強ばらせたあの人がオレの上に降ってくるところだった」
それは何とも気の毒な話である。
「え……ジュンさんは、どれぐらい強いんでしょうか?」
「一騎当千。初めて人間にそういった気持ちを持ったよ。いや……」
団長がうっすらと目を細めた。
「あの人は人間ではないかもしれないな」
「…………」
ジルは躊躇してから、昨日あったことを話し出した。
曰く、『宴会で聖なる土地の墓の人の話をされ、彼女が眠ってからその墓の人が現れ、少し自分と話してから消えた』と。
聞いた団長は、肩を竦めた。
「どんな男性だった? オレが会ったのは、片腕が無い銀髪の男だったが」
「え……ええっ!?」
飛び上がったジルをよそに、団長は渋い顔で話す。
「あの人は気に入った人に、墓に眠る友人の話をすると聞く。昔、オレもお前のようにいかさまにはめられ、あの土地に行った。あの人を連れてな。そこでオレはその銀髪の男が眠る墓に花を手向けたらしい」
そっくりな体験をしたばかりのジルは、勢いよく話し出した。
「僕もです! 僕は、錆色の長い紙を三つ編みにした男性と会いました」
「そうか」
頷いた団長は踵を返し、門をくぐる。
「あの幽霊は、長い役目も終わったから、ゆっくりひっそり眠れると言っていたが、あの人はそれが気にくわないらしいな。オレが聞いた話を、また別の奴に話してくれと言っていた」
ジルもあわててその後を追う。
「ジュンさんは、多分嫌だったのではないでしょうか。昔何かを守るために戦った親友が、人に知られないまま朽ち果てていくのが」
団長の碧い瞳がはっきりと見開かれた。
「……そうかもしれないな」
門は二人を中に入れ、静かに閉まった。
団長はジルに向き直る。
「それはそうと、ローゼン第三席」
「はい」
「南の、ゴルザコフ共和国のまた向こう、クレアスチア国で祭りがあるのは知っているな?」
「はい。なんでしょうか?」
「それに行って、密使と会って、トレラ砦まで連れて帰ってこい」
ジルは思わず石ころにつまづいて、顔面から地面に突っ込んだ。
「オレ達の国は今、クレアスチアと友好関係を結んでいる。それでだ、向こうの国王に何やら困り事があると聞いた。堂々と人前では言えない話だから、密使を送るという。お前が、国境に一番近い砦であるここまで密使を連れてこい。そこからはオレが隠密に帝都まで連れていく」
「な、ななななな……」
ジルが驚くのをよそに、団長はにやりと笑い、彼の肩を叩く。
「頼んだからな」
そのまま、団長は奥に行ってしまった。
「うわーっ!」
砦内に、ジルの叫びが響き渡った。
これでジル編は完結となります。
彼がまた物語に登場することはあるのでしょうか?
……まだ決めていないので、何とも言えませんが。
…………まだ続きますからね!




