人を想う涙・5《邂逅・1》
「優しいんだな」
後ろからかけられた声に、とっさに反応できなかった。振り返ると、風変わりな男性がテラスにもたれてこちらを見ていた。
錆色と呼ばれる、錆びた鉄のような茶色の髪に、灰色とも銀色とも言えない瞳。髪は細く腰まで伸ばし、三つ編みにしている。顔にはフレームの細い眼鏡をかけ、笑みを彼に向けていた。
「あなたは……?」
「ただの覗き人だ。気にするな」
するりと言った彼は、眠るジュンに近寄り、彼女の抱き抱える瓶を睨む。
「飲み干したか。馬鹿め」
男性は細い長身で人を避けながら中に入っていき、やがて酒の入ったコップを持ってきた。
「久々の酒だ」
嬉しそうに言った彼は、飲み干すこともなく、ちびちびと酒を飲む。まるで、大事に取っておくように。
小さく一息ついた男性は、優しくジュンの頭を撫でた。
「こいつは、可哀想なやつだよ。置いていった俺達が言うのもなんだがな、この時代じゃ、あいつの子供時代を知るやつはもう誰もいない。独りぼっちなんだ」
コップを置いた男性が上を向き、満月を恨むように睨む。
「昔の友や仲間はみんな逝ってしまった。唯一、ずっと一緒にいたあの人まで逝ったんだ。今、こいつは本当に独りぼっちなんだ」
涙声になった彼が手で顔を覆うのを見て、ジルは我慢できなかった。ジルはジュンと男性を、抱き締めた。
どうしてそうしたのかは分からない。ただ、涙が溢れてきた。
自分までもらい泣きしてはいけないと、嗚咽をかみ殺す。涙を見られたくなかったから、下をむく。
ふと、ジルの頭を撫でた手があった。顔を上げると、涙に濡れた顔を月夜に光らせる男性がとても辛そうに笑っていた。
「ありがとう」
謝辞に、ジルは首を振る。
この男性が誰なのか、分かった気がした。男性はジルの腕を解き、テラスに腰かける。震える手でコップを持ち、あおる。
「……こいつの話をひとつする。こいつは、神の子だった。周りからは賞賛の眼で見られていた。しかしこいつにとって、そんな血に一つもいいことはなかったんだ。体の成長が遅い。世界を守らなければいけない。何より、周りの人間に置いていかれる」
ジルは置いていかれるという言葉に寒気を覚えた。
「よく苦しんでいた。神の子がなんだ。世界がなんだ。世界と親友を秤にかけて何が悪い。どうして死んじゃ駄目なんだ。みんなのあとを追っちゃ駄目なんだ。そう、叫んだ声も聞いた」
男性は厳しい瞳で、コップの底を睨み続ける。
その底に、水滴が一粒、吸い込まれるように落ちた。
「俺が死期を感じたときも、淳は苦しんでいた。俺が死んだらあとを追ってくるかもしれないと思って、怖かった。だから俺は一つ、こいつに呪いをかけた」
これは懺悔だ、とジルは理解した。
大切な女性を置いて逝ってしまった幽霊の、悔いても悔やみきれない告白だ。




