龍の咆哮
少しグロッキーな描写があります。
数年後、ジョエルは予期していた、しかし起こってほしくない事態に直面していた。
北の領主の裏切り、更にゴルザコフ共和国の宣戦布告。
そして彼は今、戦の最前線にいる。それも、軍師として。
伊達にこちらも準備してきたわけではない。しかし、数十年ぶりの大戦に、多大な死者が出ないはずがない。もともと戦は大量の死者を生み出すものなのだから。
どこの戦線から崩そうか、と溜め息をついたジョエルに、側に控えていた近衛兵が笑いを漏らした。
「ゆっくり悩みなさい。どうせ、この戦は勝ったも同然なのだから」
「そうですけど……ってあれ!?」
ジョエルが慌てて兵を見ると、彼女は軍師に支給されたテントから出て行った。
亜麻色の髪がなびく。
ヒューイは組織の判断に従い、アジトを退く最中だった。
ジョエルから、近々このあたりで戦争が起きることも聞いている。
あれから四人は連絡を欠かさないようにしていた。だからこそ、戦に出るジョエルとジルが心配なのである。
「あいつら、大丈夫かなぁ……」
「そんなに心配なら見ていけばいいだろう」
「そうだけどよ……よ?」
ジョエルは久々に聞く声に、勢いよく振り返る。そこには、やはりなのだろう、中性少女が意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。
「…………」
「久しぶりだな」
「……おう」
少女は固まった彼を不思議そうに見てから、これから戦場になるであろう場所を親指で指す。
「どうせ戦はすぐ終わる。見て行け」
気づくと、なぜか少女に腕をとられ、戦場が見える崖の上に立っていた。
「……これって勧誘じゃねえよな、脅迫だよな!」
「当然だ」
愉快だと笑う彼女はさあ、と嗤う。
「ジョエルといったかな。奴が子孫の命の危機になにもしないと思うのか?」
「何だと」
ヒューイは、見た。
ジルは騎士団の副官として、副団長のガラナと共に団長の側に控えていた。
団長は他の砦から集まった騎士たちに宣言する。
「我が母国はクレアスチアと共同戦線を結んだ! 南の戦線を彼らが、北の戦線は我らが受け持つ。ここをもって、我カリ・エスターバーグは祖国に恥じない戦いをせんと誓う!」
団長の誓いに騎士が雄たけびを上げる。
三人は軍営のテントで、予め決めていた作戦を確認する。そのとき、副団長がいきなり振り返った。
「そこにいんのは誰だ? 場合によっちゃ斬るぜ」
くっくっく、とテントの暗がりで誰かが笑う。
「てめえも良い部下を見つけたじゃねえか」
聞いた団長の顔色が変わる。
「その声は、まさか……!」
「おっと、俺はただの観戦だぜ。仕事があんのはバジルの死神ヤロウだけだ」
ジルはまさか、と声をあげた。
「バジルという方は、中性な顔立ちの少女なのでは」
「ってことは、お前がヒューイか?」
ん? 暗がりで男性が首を傾げる。銀髪が、光に反射して輝く。
「ヒューイ殿とは、知り合いです」
「そっか。ま、容姿が違うわな」
低く笑う声や雰囲気は、ゴロツキを束ねる頭のように思える。
彼の隣に、誰かが立った。眼鏡が光る。
「こいつはジル。前に言ったはずですよ、ギン殿」
「おっ、悪い悪い!」
次はジルの顔色が変わる番だった。
「貴方は」
「久々に会うな。元気でなによりだ」
ギンと呼ばれた男性が、面白そうに言い放つ。
「それよりだな、早く外に出ねえと、奇跡を見逃しちまうぜ?」
三人はテントを飛び出した。
男性達に言われて飛び出したジル達も。
少女に連れられて崖にいたヒューイも。
女性を追いかけて外に出たジョエルも。
ただひたすら巨大な金色の龍が疾駆し、風を纏いゴルザコフ国軍のテントや兵糧を次々と破壊していく姿を見た。呆然とするクレアスチアと騎士団の連合軍を意にも介さない龍は、空に舞い上がり、天に向かって吼えた。
ゴルザコフの兵は皆、武器を落とす。それでも武器を落とさない指揮官たちを、龍は見据え。
瞬間、彼らの目の前に現れた淳は、素手で指揮官達の心臓をえぐり取っていた。一瞬の間に。遅れて、金髪がふわりと肩に落ちる。
静寂が両戦線を包んだ。そのなか、淳は金色の瞳で兵士達を睥睨し、厳かに宣言する。
「抵抗するものは食う。両手を挙げろ」
その声は連合軍にも聞こえたという。
敵味方など関係なく、全員が両手を挙げた。そのなか、ゴルザコフ兵の手首と足首にどこからともなく現れた紐が絡みつき、体の自由を奪ってしまう。
これをもって、連合軍は戦を交えることなく勝利した。
呆然としたヒューイをよそに少女はさて、と腰を上げる。
「仕事でもするか」
「……死人に仕事があるのかよ?」
少女は嫌そうに溜め息ついた。
「私は死神だからな」
それだけを答えた彼女は崖から飛び降り、すたすたと絶命した指揮官らに歩み寄る。しかし淳は何も反応しない。少女の行動に連合軍は呆気にとられている。
「まさか……ジュンには見えねえのか?」
少女は淳を、目を伏せて見てから両手を広げた。
指揮官の体が光に包まれる。体から白い雪のような輝きが抜け出す。
見つめる一同の前で、輝きは全て空に昇って行った。
それを眺める淳が囁く。
「バジル。側にいるんだね」
少女が悔しそうに俯く。淳は寂しそうな笑みを浮かべ、また彼女に伝える為だろう、はっきりと言葉を口に出した。
「俺、まだ死ねなくなっちまったよ。トランプするって約束した。プロポーズしてくれるらしいから、それも聞かなきゃならない。祭りも結局見なかったしなあ……次は子孫と見たいな。宰相らしいけど、引っ張りまわしてやろうか」
だから、と泣き笑いのような笑みで、空を見た。
「アンヌさんと内都に会ったら、もう少し待って下さいって、伝えといてね」
ジョエルはその、静かでいながらはっきりと聞こえる声を聞いて、涙を流していた。
いつの間にか隣に立っていた女性が、くすりと笑う。
「伝える必要はないわ。今しかと聞き届けたから」
「全くですね」
新たな声に彼が振り返ると、男性が二人立っていた。錆びた鉄のような茶髪に眼鏡の男性は、ジルと肌も髪も黒い男性を抱え、片腕しかない銀髪の男性は金髪碧眼の男性を抱えている。
さらに、銀髪の男性は何故かふて腐れている。
「何で俺宛の連絡は無いンだよ」
女性があごに手を当てて考え込んだ。
「アレよ、何て言ったかしらね……」
「人徳でしょう?」
眼鏡男性が笑顔でさらりと毒を吐く。
「そう、それよ」
「お前らいいように言いやがって……あとで後悔しやがれ!」
銀髪男性が悔しそうに叫んだ。叫んでから、何故かジョエルに指を突きつけた。
「お前、こいつらみたいな冷血漢になるんじゃねえぞ!」
「……まるで自分が冷血漢ではないような口ぶりですね……?」
眼鏡男性がひやりと笑った。
「ギン殿こそ、後でしっかり後悔してもらいましょうか」
「か、勘弁してくれ!」
和気藹々と騒いでいた三人に呆然としていたジョエルらだが、少女がヒューイをつかんでこちらに来たのを見て、男性二人はジルらを降ろした。
銀髪男性が、労うように少女の肩を叩く。
「終わったみてえだな」
「はい」
眼鏡男性が腕を伸ばしてから、ぶっきらぼうに言う。
「行くか」
「ああ」
女性はジョエルの頭を撫でた。
「それじゃあね?」
返す言葉など出ない。
彼らはふらりと枯葉を返すように翻ると、その場から消えた。
五人は、しばらく声も出なかった。
もっとも早く回復したのは、一番関わりが浅かったトレラ砦副団長だった。
「……あれか、オレたちは神様の降臨に立ち会ったってのか」
「だろうな」
団長は日ごろの威厳はどこへやら、両足を地面に投げ出している。
「だーっ!」
ヒューイが叫んだ。
「で、ジュンが起こした事態、どう回収するんだよ!」
「あー……」
ジョエルが眉間をもみ、頭を抱えている。
「……陛下には私から説明するとして。兵士にはどうしましょうか」
「どうするも何も、神が降臨して、しかもこちら側に着いたとしか言い様がないと思うが」
「ですよねえ……」
団長の答えに、想像するだけでも頭が痛い、とぼやくジョエルだが、ジルがはっと立ち上がった。
「そういえば、ジュンさんは!?」
「あ」
五人で慌てて崖を見る。しかしもう彼女の姿は無かった。それでもゴルザコフ兵が怯えているのは、ひとえに連合軍に神のご加護がついていると悟ったからなのだろう。
ジョエルはテントに戻る。
「では、まずは敗残兵をどうにかしますか」
ジル、団長、副団長は唸る。
「帰らなければいけないが……」
「……すっげえ怒られる気がすんのはオレだけか?」
「何があったのかも説明しなきゃいけませんからね……」
ヒューイはにやにやしながら、崖を見る。
「ウォルは見てねえだろうからな。しっかり話してやろうじゃねえか」
じゃあ、と五人は連絡を欠かさないことも約束し、それぞれの仕事や役割に戻っていった。
これで、幸の神ジュンと、彼女に出会った三人の話は終わりを迎えた。
しかし、である。
これから数年後、今回の戦の顛末を見ることが出来なかったウォルは、やや変則的な状況のなか、淳と再会する。
それを聞いた五人と国王に心底羨まれたのは言うまでもない。
そしてそのまた数年後、彼らは、齢十九になる淳の娘と出会う。
ヒューイと国王が、淳は結婚したのかと悔しがることになるのだが、それもまた別のお話。
遅くなって申し訳ありません。
ありがとうございました。
「乾杯!」無事完結です。
多くの人に読んで頂けたようでとても嬉しかったです。
それで、なのですが。
皆さんが「乾杯」の中で一番好きになった人物は誰だったのでしょうか?
気軽にお送り(?)下さい
稚拙な文章に付き合っていただき、
本当に最後までありがとうございました。




