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乾杯!  作者: 蝶佐崎
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人を想う涙・1


「うわーっ!」

 ジルは半泣きで森の中を突っ走っていた。

 彼の前に大蛇らしいものが立ち塞がるが、ジルは腰の刀で両断し、その脇をすり抜けて駆ける。

 その腕前は並大抵のものではない。

「賭けに手を出すんじゃなかったーっ!」

 しかし体格や半泣きの顔、叫ぶ声は少年のそれであった。事実、彼は昨日二十歳を迎えたばかりだ。

 実は彼、この「魔の森」の近くの国の騎士団の兵士だった。若年ながらも第三席の座を務めている。

 そんな彼が何故こんなところにいるのか。


 昨日二十歳を迎えた彼は、団長、副団長も含めた騎士団全員で祝ってもらい、それはもう幸福の絶頂にいた。酒の勢いも借りて、気分も絶好調である。

 そんなとき、酔った一人の兵士が、こんなことを言い出した。

「ポーカーでもしないか?」

 あれよあれよと賛同する声があがる。

 それを眺めていた団長が、酒を煽りながらぽつりと呟いた。

「ならば、掛け金を抜きにして、一番負けた者が罰ゲームと称してなにかやるのはどうだ?」

 それに食らいつかない馬鹿はいない。自分がとても負けるとは思っていなかったジルもその意見に頷き、誰かの言った「一番負けた奴は魔の森を通り、聖なる土地まで行って、墓の一つに花をやって帰ってくる」という案に決まった。


 そして、ジルは大敗を喫し、森の中を駆けている。

 理由を思い出したジルは、苦い顔で頭をかきむしった。

「あーもう! 思い出さなかったらよかった!」

 ジルは、実は怖がりだった。特に幽霊、妖怪、魔物やらが苦手だった。魔物は剣術が上達するにつれ少し恐怖が薄れたものの、それが通用しないものは相も変わらず怖い。

 森の中は日が照っていようといまいと、常に薄暗い。いつ肩を叩かれて、振り返った先に幽霊がいてもおかしくない。

 だから彼は幽霊がついてきませんようにと必死の思いで走っていた。

 これから幽霊がたくさんいそうな墓地に向かうというのに、何ともおかしな話である。

「ぎゃっ!」

 不意にジルは石につまずき、地面に転んだ。慌てて周りを見回すが、幸い魔獣は見当たらない。

 安堵した彼だが、肩を叩かれて飛び上がった。

「君、大丈夫?」

「うひゃあっ!?」

 振り返れない。声からして女のようだが、振り返った先に首の長い女がいたらどうしよう。目鼻のない女だったらどうしよう。振り返ったらいきなり子供を渡されて、その子供がどんどん重くなったらどうしよう。


 やけに東洋の怪談物に詳しい騎士である。それはさておき、と頭を悩ませた彼に、後ろの人物は肩から手を離した。

「ごめん、追い付かれた。ちょっと木の陰にでも隠れててくれないかな」

「……へ?」

 その言い種に思わず振り返る。振り返って、ジルは思わず言葉を失った。

 金髪の美女がローブをはためかせて立っていた。

 女性はそれすらも絵になるしかめっ面で、身の丈はある巨大な剣を抜く。

 剣を見たことで、ジルの頭が冷えた。同時に、周りから低い唸り声が聞こえ始める。

「……囲まれた?」

 呟いた彼に、女性はそっけなく頷いた。

「そういうこと。君、刀を持ってるみたいだけど、遣える?」

「はい。あの……助太刀します」

 立ち上がり抜刀したジルに、女性はにやりと笑う。

「いけるクチみたいだね。じゃ、頼もうかな。こっちも困ってたところだし」

 自分たちのだらだらとした会話に飽きたのかもしれない。魔獣が一斉に飛びかかってきた。

 彪の胴体を薙ぎ払い、返す刀で鳥の羽を斬る。牙を刀に合わせて弾き、命の危機が逸れた隙に首をはねる。

 一息ついた彼だが、飛んできた怒声に飛び上がった。

「小僧、後ろだ!」

 慌てて振り返ったときには遅い。真後ろで虎が牙をジルに突き立てようとしていた。

 しかし、横から虎に剣が突き刺さり、虎はそのまま横に倒れた。

 剣を抜いた女性に厳しい眼を向けられる。

「油断するな! 戦場で今のような隙を見せたら死んでいたぞ」

「済みません」

 それだけ言って、また刀を振るう。

 初対面の女性に、自分たちが生業とする戦のことで叱責されたというのに、不思議と怒りはわいてこない。

 それどころか、団長に怒られたかのような感覚さえした。

「気を抜くな! 目の前で犬死にされては、胸くそが悪い」

 暴言が飛び、我に返る。あとはただ必死に刀を振るっていた。


 鳥頭の豹を切り捨て周りを見回すと、辺りには魔獣の死骸が散らばっていた。

「あ、終わったよ」

 ジルの刀は血で真っ赤に染まっていたが、そう声をかけ、岩の上に腰を下ろした女性の剣も負けず劣らず朱い。

 ジルは彼女に歩み寄り、一礼する。

「何か?」

「あの時命を助けていただき、ありがとうございました」

「ああ。今度からは気をつけるんだよ」

 あっさりそう言った女性は、そういえば、と不振そうにジルを見つめた。

「君、何でこんなところにいるんだい?」

「それが……」

 事情を説明するジルの顔は赤い。対して話を聞く女性の顔には苦笑と呆れが広がっていた。

「君、ハメられたんだよ」

「ええっ!?」

「知らない? こうやってさ……」

 どこからかトランプを取り出した彼女は、その場でちょこちょことやってみせる。

 それを見せたジルは、呆気にとられた。

「ほら」

「……そんなあ!?」

「ドンマイ」

 苦笑を見せた女性は立ち上がる。

「ま、森を抜けたらすぐそこだしね。道、分かる?」

「済みません……」

「道理で慌てていた訳だ」

 しぼんだジルに肩を竦めた女性は手招きした。

「おいで。案内してあげるよ」

 慌ててジルはその背中に追い付いた。

 隣を歩きながら、恐る恐る聞いてみる。


「あの……貴女、幽霊じゃありませんよね」


「…………」

 本気で呆れられたと察知したジルは、即行で頭を下げた。

「すみません僕が無礼でした!」

「全くだ。俺は生きてるよ」

 俺、という単語に首を傾げる。

 女性は頭に手をやった。

「まあ、この頃顔色が悪いから、見間違えられたのかもしれないけど」

「え……そうですか?」

「うん。でも、まだ死ぬ気はないからね」

 人を食ったように笑う女性とジルは、森を抜ける。


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