解かれた問題・6
さすがにジョエルはもう、我慢できなかった。
ベッドから飛び起きて、叫んだ。
「台無しではありませんか! 私が必死にあなたの素晴らしい姿を目に焼き付けて……ん?」
途中まで叫んで、彼は自分が寝室のベッドにいることに気付いた。
しばらく頭を働かせ、それから一気に肩を落とす。
「夢かよ……!」
どうやら自分は夢を見ていたらしい。そう判断した彼はベッドに改めて座り込む。
久々に昔の口調が出てしまった。それぐらい落ち込んでいたのだから。
失望と寂しさが入り交じったようなものだ。子供がお菓子の家を見つけたが、それらが全て幻だったぐらいの衝撃なのだ。
かなり悲しい。しかしいつまでも悲しんでいられない。
頬を叩こうと手をあげると、左手に何かを握っていたことに気付いた。
拳を開くと、鈍く輝く金貨がある。
思わずまじまじと見つめたジョエルは、自分の口元が笑っていることに気付いた。
ジュンに会いに行こうか。しかし外を見るとまだ日が出たばかりだ。奇しくもあの女性の夢のように。
ジョエルは金貨をポケットに入れ、立ち上がり、テラスに立つ。
朝の露で、森が輝いて見える。
彼が目を閉じようとしたとき、離宮の方で何か物音がした。
そちらに視線を移したジョエルはぎょっとした。
ジュンが立っている。しかし彼女の回りに風が渦巻いている。
脳裏にひらめくものがあった。
まさか、出ていくのか。
届かないかもしれない。でも、行くのを引き止めたい。
ジョエルは久し振りに、声を張り上げて怒鳴った。
「ジュンさん!」
聞こえたのか、ジュンが驚いた顔でこちらを見る。
そして、微笑んだ。彼女の回りに渦巻いていた風が、彼女を覆い尽くした。
「何を……!?」
ふつりと風が止み、止んだ場所から、凄まじい勢いで何か金色の長いものが飛び立っていった。
人はこれを、羨望を込めて龍と呼ぶ。
それが飛び去ったあとを、ジョエルは呆然と眺めていた。
しばらくして、彼は飛び上がり、離宮に向かって駆けた。
離宮につくと、ジュンが寝転んでいたのだろう、ソファーがまだ温かい。
そのソファーに、手紙が置いてあった。
「やっぱり、王宮に泊まるのは止めにしておくよ。祭りでも会えるかどうか分からない。ごめんね……って! 結局は自分勝手じゃないか!」
手紙を叩き付けたジョエルは、紙の下に書かれた名前に瞠目した。
「ジュン……ジュン・タチバナ!?」
「そうだ」
後ろから聞こえた声に彼が振り返ると、国王が渋い顔で立っている。
「名を聞いたときに薄々とは感付いていたのだけどな。恐らく、お前たちは同郷だ。下手をすれば、宰相どのの祖先、というのもありえる」
「そんな馬鹿な……」
「では言わせてもらおう。オレがあの人に出会ったのは十年前だが、あの人の体は全く、何も変わっていなかったぞ」
ジョエルは思わずへなへなと崩れ落ちた。その隣を国王は通りすぎ、手紙を見てがっくりと肩を落とす。
「またこの手か。あの人は前回の砦でも、この戦法でずらかったからな。頑張って早起きしたと言うに……」
「前に会ったときも、あの人にこうされたのですか。ジュンさんも性質が悪い」
溜め息をついたジョエルは、それでは、と踵を返した。
「宰相どの」
呼ばれて、振り返る。
「何でしょうか、陛下」
「もし、またあの人に会うことがあれば、こう伝えてほしい。……王妃に迎えるとの話、こう見えても本気だったのだぞ」
寂しげな国王の後ろ姿に思わず詰まった。しかしジョエルの口元には、僅かながら笑みが浮かんでいた。
「かしこまりました」
ジョエルは離宮をあとにした。
今日、祭りの賑わいのなか、騎士団の団員と会わなくてはいけない。ウォルが案内すると言っていたので大丈夫だ。
しかし、この気分のまま護送されるわけにはいかない。
「……先に酒場にでも寄って、きつけの酒でも飲もうかな」
正直、実はジョエルは、ジュンに怒っているだけで、そんなに悲しんでいるわけではなかった。
宰相をやっているうちに分かってきたのだが、世界は広いようで狭い。国王がジュンと知り合いだったように、二人が出会ったのがトレラ砦で、今回その砦からの団員に会うように、世界は縁で繋がっている。
だから、またいつか会えるかもしれない。
そのときはしっかり怒鳴ってやろうと、そう心に決めたジョエルだった。
これでジョエル編は完結となります。
最終章を終えましたが、あと二本、彼らの後日談を書かせてもらおうと思っております。
お付き合いいただければ幸いです。




