解かれた問題・5《邂逅》
風が心地よい。
しばらくしてジョエルが瞳を開くと、そこは彼の寝室だった。
体を起こすと、窓のカーテンに目をやる。
そこに、亜麻色の髪の女性が、髪をなびかせながら立っていた。
「あなたは……」
「誰かしらね」
歌うように聞き返した女性は、すいと彼の近くに歩み寄る。
ジョエルは知らず知らずのうちに、口を開いていた。
「聞きましたよ……あなたのこと。ジュンさんはかなり戸惑ったようでした。神様なのに、何で亡くなったりしたのですか」
「そうねえ……どうしてかしら。私が生きているより、あの子が生きていた方が色んなことが起きるんじゃないかと思ったから、かもしれないわね」
何を言っているのか、よくわからない。
首を傾げたジョエルに笑みを向けた女性は、まるで歌手のように高らかに、歌う。
「次の千年の人間たちに、誰にもわからない謎を残そう。何故生き物は歳をとり、死ぬのか? 生き物にどうして寿命があるのか? 我々が解けなかった謎を、次の世代に伝えていこう」
「それは……」
ジョエルは答えを言いかけてから、女性の顔を見て、膨れたように言い直した。
「あなたなりの答えが出ているようではないですか。我々が解けなかった、のは嘘ですよね」
「いえ? 本当よ。この答えも、死んでからあちらで考えたもの」
くすりと笑った彼女は、両手を広げ、不思議な笑みをたたえた顔のまま、ジョエルを見つめる。
「もし、寿命が無かったらどうする? さすれば人間は皆、できるだけ長く永く生きようとするわ。そしてその永い時間に、やがて飲み込まれてしまう。そうなったら、彼らはどうする?」
「……分かりません」
「あのね」
女性はぐっと顔を近づけ、吐息がかかるほどの至近距離でジョエルに囁いた。
「命ってのが短いから、人間はその短い命を必死こいて生きるのよ。それに、だからこそ命を大切にする。逆に命が永かった場合はどうなるのかしら? 決まっている。人間は必死にならないし、命をお粗末に浪費してしまうわ」
「それはまた……」
いきなり暴論をぶちまけられ、まだ完璧に理解しきれていなかったが、ジョエルはとりあえず思ったことを言ってみた。
「極論ですね」
「ええそうよ。でも、実際に人間は、短い命が散るまで、すごく必死に生きるじゃない。そうやって生きたら、後々後悔しないのよ。今の私みたいにね」
思わず女性を見た。ジョエルは、テラスから外に出て、月の光を浴びて輝く女性を目に焼き付けた。
「……後悔していないのですか?」
「ええ」
「全く?」
「全く」
「貴方を失ったときのジュンさんの悲しみは?」
「あんなに悲しんでくれるなんて、思ってもいなかったわ」
ぬけぬけとよく言う。
ジョエルはその言葉をかろうじて口の中で圧し殺した。
代わりに、聞きたかったことを口に出す。
「……もっと、生きたくはなかったのですか?」
女性がじっと彼を見つめた。
「生きられるのであれば、どこまでも生きていたかったわ。でも、もうこれで十分。十分、私は私の時を生きた」
どこまでもさっぱりとしていた彼女は、呆気にとられたジョエルに口元をゆるめる。
「あなたがそんな顔しないの」
「でも……」
自分でもどんな顔をしているのか、ジョエルには全く見当もつかない。
しかし、涙腺が崩壊しそうだとは気付いていた。
気付いていないのか、故意に無視しているのか。恐らく後者だろう女性は、嬉しそうにテラスによじのぼった。
そこで大の字になって、風を受け止める。
彼女の亜麻色の髪が、炎のように鮮やかに揺らめいた。
白衣が揺らいだ。
気持ち良さそうに風を感じた女性は、くるりと回って、ジョエルを見下ろす。
「人間にも生き物にも、いずれ死ななければならない時が来るの。だったら精一杯生きないと。生きて、その思い出を遺していくのよ。遺して、次に受け継いでいく。淳が私達の墓を今の時代まで残したように。私が娘を産み、その娘が孫を、そしてこの血がひ孫まで受け継がれているように」
いたずらっ子のような顔でジョエルを見た彼女は、その錆色の髪を嬉しそうに撫でた。
「お分かりかしら、ジョエル・タチバナ君? あなたなら何となく分かるはずよ」
ジョエルは金色の瞳をそらし、あえて問われていないだろうことを呟く。
「……つまり、誰かと結婚して子を成せと」
「かなり省略すれば、そういう意味合いにもとれるわね」
くすくすと笑った女性は、頭を撫でていた手を離し、一歩下がった。
彼女の背後に、日の欠片が見えはじめている。
「最後に少し、言わせてもらおうかしら」
テラスの手すりの上で、女性は高らかに宣言した。
「人生は決して永くなく、つまらなくない! だから、その時がくるまでがむしゃらに生きなさい! そして」
女性は手すりの上で、また一歩後ろに下がった。下がって、姿が消えた。
「あなた達に幸あれ!」
ジョエルは慌ててテラスに駆け寄り、下を覗き込む。
その時だった。
疾風が下から空へ吹き上げる。ジョエルが空を見るが、何もない。
下の森から、低く獣が唸る音がした。
はっとまた下を覗き込むと。
亜麻色の毛を纏った獣が、こちらを見て、悠然と微笑んでいた。
何故微笑んでいたと分かるのか、自分にも分からない。
しかし、何故か分かった。
分かれば、それでよかったのだ。
ジョエルも笑みを返した。
それを見た獣は彼から視線を外し、朝日に向かって空を駆け始めた。
あっという間に、獣は消えてしまった。だが、ジョエルはその姿が、点が消えるまで見送っていた。
獣の姿が見えなくなって初めて、ジョエルは溜め息をついた。
そのとき、そのジョエルの額に何かが高速で直撃した。
「痛っ!?」
額に当たったそれを取ると、ただの古びた金貨だ。
なぜこんなものが額に直撃したのかはわからない。だが、何か理由があるはずだ。
悩んだジョエルは、テラスの向こうにふわりと降り立ったそれに唖然とした。唖然として、床に座り込んだ。
済まなそうに、獣が浮いている。
「忘れていた。何かの縁があるはず。受け取って」
さすがにジョエルはもう、我慢できなかった。
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