解かれた問題・2
国王の前に出ると、彼は慌てたようにジョエルに近づき、半泣きのまま大丈夫かと声をかけた。その声が一転、潜めた声に変わる。
「……魔の森で、魔物に見せかけた追手にやられたと聞いた。服装や体格は?」
ジョエルも声を潜めて応じる。
「やはり、あの国の者でした」
「そうか」
ため息をついた国王は声の大きさを元に戻し、後ろに控えていた少年とジュンに声をかけた。
「後ろの二人にも迷惑をかけてしまったな」
「い、いえ、そんな!」
飛び上がった少年をよそに、ジュンはにこにこと首を振る。
「私も祭りを見るため国に来る途中でしたので、迷惑などは全く」
「では二人とも、お礼を兼ねて祭りが終わるまで城にいてくれないか?」
少年がまるで機械のようにぶんぶんぶんと首を振った。
「ももも申し訳ありませんが、ぼ、ボクはお断りします! 仕事がありますので!」
そう言った少年が慌てて謁見の間を飛び出すと同時に、国王はジュンの腕を掴む。
「あなたはどうする? 先ほどの少年のような仕事は持っておられないようだが……」
ジュンは肩を竦めた。国王の視線に負けたようだ。
「……あまり城のような堅苦しい場所にいるのは気が進みませんが、いいでしょう。城にいます」
その言い方が無礼だったのは言うまでもない。
しばらくして、仕事が終わったジョエルは、ジュンのあてがわれた離宮に顔を出した。
小間使いに案内されると、ジュンはソファーに寝そべり、ぐったりとした様子でこちらを睨んでいた。床に豪華なドレスが脱ぎ捨ててある。
「……だから城にいるのは嫌だったんだ」
ぼやきをジョエルは無視する。
コロンの香りが酷く鼻につく。どうやら離宮には先ほどまで大勢の客がいたらしい。
「陛下は好意で申し出られただけです。それを未来の王妃になるかもしれないとどこぞの貴族が勘違いしてやっているのですから、陛下を恨まれるのは筋違いですよ」
「へいへい」
適当な返事をした彼女は、じっとジョエルを見つめた。
「……で? 今度戦争をおっ始めるのは、クレアスチアの北にあるあの国かな?」
出された茶を飲もうと手を伸ばしていたジョエルは、思わず手を止める。
「将軍サンの奥さんが、オレが王妃にふさわしいのか見に来てね。無愛想な真似はしちゃいないけど、その分しっかり情報は引き出させてもらったよ」
「……どうするおつもりで?」
「別に何も」
その答えに、ジョエルは彼女の瞳を見つめた。
「ただ、戦争に巻き込まれるのはイヤだから、ちょいとこの辺りからは退散してようかなと思っただけだ」
「そうですか」
内心安堵した彼に、しかしジュンはさりげなく追撃をかける。
「ってことは、本当にケンカ、やるんだ?」
「どうでしょうね。陛下にその気はありませんが、向こうが。みすみす土地を取られるつもりはありませんから……って喧嘩!? 喧嘩と受け取るんですか!」
「それで、あの坊やに仕事として、そのまた向こうの北国の騎士団とのお話を依頼したのか」
ジュンが突っ込みに無視して続けた言葉に、自然に彼の眉が寄った。
ジョエルは将軍にそこまで話してはいない。国王と彼だけで行った独断だ。
よって、将軍の奥方から引き出せるものではない。
改めて、妙齢の女性を睨んだ。
「貴女は何者です」
「さてね」
「しかし、それはオレも聞きたいところだ」
へらりと笑ったジュンの後ろの窓に、大柄な影が足をかける。
黒髪をばっさり切った国王だ。
毎度ジョエルが額を押さえ抗議しているのだが、いっこうにやめる気配はない。
ジュンが後ろに立つ彼に、やや呆れた声で応じた。
「君のせいでコロンのニオイが染み付いちゃったんだけど、どうするつもり?」
「別の服を仕立てるまでです。それにまさかあなたがドレスを着てくださるとは思ってもいなかった」
ジュンのため口に目くじらを立て、さすがに指摘させてもらおうとしたジョエルだが、国王の敬語に思わず飛び上がった。
「あなた方……まさかお知り合いで!?」
「一度、会ったことがある。先ほど話題に出た騎士団、トレラ砦でな」
頷いたジュンが紅茶に手をつける。
「そういや、数日前に会ったんだけど、カリ君があそこの団長に出世してたよ」
「ほう? また懐かしい名を聞くものです。団長になっていたとは吉報だ」
「正直、君達にもう会うつもりはなかったんだけどね」
「それは手厳しい」
苦笑する国王も、滅多に見られるものではない。
「それに先ほどジョエルが言っていた王妃うんぬんの話だが、オレとしては是非貴女を王妃にしたい。しかしそんなことを申し出せば……首が飛ぶ」
「おうおう、よく分かってんじゃないのさ」
会話の内容にめまいを覚えたジョエルだったが、長年の努力の結晶により、それを踏ん張った。
そんな彼の葛藤をよそに、固まった小間使いに茶を要求し床に座った国王は、体を起こしたジュンに向かって笑いかける。
「それで? 貴女からすれば笑止千万だとは思うが、北の領主の裏切りは確実だ。いきなり向こうの国と共に旗を翻して襲ってきてもおかしくない。ならばあちらと連絡をとって背後を突けるようにしておく方が効果的だ」
「ま、それもありかね。でも君、気付いてる? まだその北の領主クンたちは、人質のように彼らの奥方や娘をこの城に置いているよ? そして俺に接触させてきた」
詰まった国王をよそに、ジュンはにやりと笑った。
「ま、何にしろ向こうが突っかかって来る前に防御の盾は揃えておきな。なんならあの国の兵隊全部、蹴散らしてあげようか?」
ぶっ飛んだジョエルをよそに、国王は目を丸くしてから膝を打つ。
「名案だ! 貴女なら身元がばれる心配もない。是非今からでも」
「いやいや、今俺が城を離れるのは止めておいた方がいいね」
さらりと言った彼女に、ジョエルは嫌な予感を感じた。




