解かれた問題・1
ジョエルは息を呑んだ。
道に迷ったのだ。こともあろうに、魔の森で。
とりあえず木に登って息を止め、下から来る魔物たちをやり過ごす。
魔物が通りすぎるのを見てから、そろそろと下に降り、馬車を探した。しかしない。
自分の軽率さを呪った。この分ではあの『何でも屋』の少年の命も危ない。
ウォルと名乗った可愛らしい、黒髪の少年の顔を思い浮かべる。しかし声を張り上げることもできない。
「くそ……」
他国にまで名の響く敏腕宰相らしからぬ声を漏らしてから、肩を落とす。
ジョエルはクレアスチア国の宰相である。
数日前、北の土地の領主の背信行為が発覚した。下手をすれば戦争になりかねない。
国王と内密に相談し、下には漏らしていないが、早くこの案件をどうにかしなければいけない。
そう思い、戦争をするかもしれないゴルザコフ国のまた向こうにある北の国に、ジョエル自ら密使として向かうことにした。
何でも屋には、その北国の最南端、勇猛果敢で知られるトレラ砦から来る騎士との渡りをつけてほしいと依頼してある。そしてその何でも屋の少年がわざわざ、どの辺りで落ち合いたいのかを聞きにきたのだ。
うろうろと歩き回っていると、ジョエルは洞穴を見つけた。
休もうと足を運ぶ。
その腕を誰かが掴んだ。
「……はい?」
表情が動かなかったのは、仕事のたまものだと自分をほめてやりたい。
振り返ろうか。いやしかし振り返って魔物だったらどうする。いっそ振り切って、万に一つの可能性にかけてみるか。
高速で頭を働かせるジョエルをよそに、背後の人物は口を開いた。
「あなたがジョエル君かしら?」
「はい?」
ジョエルは振り返り、まず安心した。
普通の、どこにでもいそうな亜麻色の髪の女性だった。白いコートのような服に首を傾げるが、大して気にならない。
胸を撫で下ろしたジョエルは答えようとしてから、口を閉じた。
いや、しばし待て。
なぜ『普通』の『女性』がこんな危ない魔の森にいる。
「……あなたは?」
「通りすがりなのだけれど、森の中で迷う坊やと馬車の従者を見かけたの。聞けば、ジョエルと言う男性とはぐれたと」
「ウォル君と出会ったのですか!」
思わず顔色を明るくしたジョエルに、女性は笑いを見せた。
「連れていきましょうか」
「お願いします」
女性に手を引かれ、森を出る。
草原を見て、ここが『聖なる土地』だと思い出す。
ジョエルは、岩に座る少年と側の馬車を見つけた。
「ウォル君!」
「ジョエルさん!!」
飛び上がった少年が駆け寄ってくる。
「済みません! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですよ。君こそ大丈夫かい?」
「はい。こちらの方に助けてもらって」
見ると、女性は森に向かうところだった。
あわてて引き留める。
「ありがとうございました。自分、クレアスチアのジョエルと……」
「名前は名乗れないの」
やんわりとした拒絶に詰まる。
「……では、何かお礼でもさせて下さい」
「私にしなくてもいいから、向こうの墓地に花でもあげなさい。迷わなくて済んだのは、あれのおかげなのだから」
それだけを言った彼女は、森に入っていった。
「…………」
少年と顔を見合わせたジョエルは、彼の手にある花に気付く。
「……これは?」
「森の中で、綺麗だと思ってとった花です。墓地に添えたいんですけど……」
「待ってください、私もとってきます」
慌てて探すジョエルに、少年はぽつりと呟いた。
「とても一国の宰相には見えません」
「見える必要もありません」
言い返した彼は花を集める。
二人で墓地に向かい、思わず唸った。
墓石の数が多すぎる。
妥協して、二人で同じ墓に手向けることにした。
全ての墓に花束が置かれている。それに加え、最前列の墓に小さな花が、その隣の墓に花束が置かれている。
二人はその後ろの墓に手向けた。
黙祷する。
彼らはどのように生きたのだろうか。
ふと思ったジョエルが黙祷をやめると、後ろに人が立つ気配がした。
「おや」
振り返ると、先ほどの女性とはまた違う、金髪の女性が立っている。
女性は口笛をふいた。
「ここんとこ、客が多いねえ」
「……何者ですか?」
「そっちこそ」
からかうように返した女性は、黙祷を終えた少年を見つめた。
「これから、君たちはどこに向かうんだい? あまり見たことないペアだけど、親子?」
「母国に戻るところです。ちなみに彼とは仕事の関係で行動を共にしています」
「へえ。母国ってのはどこなんだい?」
「クレアスチアですが」
「祭りがあるんだっけ」
女性はにっと笑った。
「俺もご一緒、していいかな?」
ジュンと名乗った女性は、旅人だという。
「色んなとこをふらふら巡り歩いてるだけなんだけどね」
そう言って笑った彼女は、歩きながら後ろを向き、ジョエルと少年を見た。
「で? どうして君たちは墓に花を手向けてくれたのかな?」
「どうして、と言われても……」
言葉を濁したジョエルに代わり、少年が胸を張って答えた。
「お礼です!」
「お礼?」
ジュンが目を丸くする。
しかし長年外交官を兼任してきたジョエルには、彼女が驚いたようには見えない。
ただ、彼女の瞳が探るように少年を見ていることだけは、気になった。
「どうしてお礼を? あの墓地の人々は皆、戦で千年前に亡くなっているよ」
「それは、あの……」
「我々がはぐれていたところを女性に助けていただきまして。その彼女が、私にではなく墓にお礼をと」
戸惑った少年の続きをジョエルが話すと、ジュンの眉が寄った。
「おかしな人だね。その女性はどんな服装だったんだい? 特徴は?」
「白衣を着た、亜麻色の髪の女性でした」
ジュンが瞳をいきなり和ませる。
「……そっか」
納得したらしい彼女は前を向いて歩き始める。ジョエルは思わず少年と顔を見合わせた。
城に着くと、逃げた従者が報告に来ていたらしく、てんやわんやの大騒ぎとなった。




