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乾杯!  作者: 蝶佐崎
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忘れていった酒・4



 しばらくうなされていたヒューイが目を覚ましたのは、もう夕暮れになる頃である。

 ぼうっと辺りを見回した彼は、自分がどこかの部屋のベッドに寝かされていること、そして隣に、元凶(げんきょう)ともいえる彼女、椅子に座ったジュンがいることを確認した。

「……ジュン?」

「話しかけないで」

 体を起こして見ると、ジュンはリンゴの皮剥きに必死になっている。彼女の足元には、切れずに繋がったリンゴの皮が、ベルトのように伸びていた。

「もうちょっとで終るからね」

「そうかい」

 口を引き結ぶ彼女から視線を外し、窓から見える空を眺める。

「夕焼けが綺麗だな」

「うん」

「……話聞いてねえくせに、適当に相づちうつなや」

「いや。俺が相づちうってあげなかったら、君、かなり寂しいヒトになってる……ぎゃあっ!」

 悲鳴に慌ててそちらを見ると、ジュンの親指にリンゴの皮が絡まり、皮のベルトは見事にちぎれていた。

「ああああああ……」

「ご愁傷様(しゅうしょうさま)

 落ち込んだジュンからリンゴと包丁を取り上げたヒューイは、その続きを始める。子供の頃は母の手伝いもよくしていた。無論リンゴの皮剥きもやったことがある。

 黙々(もくもく)と作業を進める彼に、ジュンはやがてうめいていた声を止め、ヒューイをじっと見つめた。

 しょり、しょりという音だけが聞こえる。

「……なあ」

 先に沈黙を破ったのはヒューイだった。

「その下戸、お前にとっては何者なんだよ」

 ジュンはしばらく黙っていたが、やがて顔を歪ませ、口を開く。

「大切な親友だよ」

 話して、彼女は顔を膝に埋めた。

 ヒューイはまた黙り込む。ジュンも話し出さない。

 ふと、風が窓から入り込んできた。

「俺の周りには生憎、死んだダチはいねえ。でも、時々怖くなるよ。こいつらがいなくなったらどうしようってな」

 彼女はぴくりとも動かない。

「あいつらが死んだとき、俺はどんな態度をとるのか、自分でもわからねえ。生きた(しかばね)になるかもな。いや、鬼になるかもしれねえ。でもよ。絶対何があっても生き続けると思うぜ」

 ジュンと下戸の少女が一緒にいた時間は、あまりにも長すぎたのだろう。

 少女は知らず知らずのうちに、ジュンの魂の欠片を一緒にあの世へ持っていってしまったのかもしれない。

 しかし彼女は、ジュンに立ち直ってほしいと願っている。わざわざ幽霊になってまで来たのだから。

 生きた人間が叶えてやらなくてどうする。

「あのな。俺はあのガキがめいいっぱい生きたのか、ポックリ逝ったのかは知らねえ。でも、いい加減立ち直れ」

「なん……」

 ジュンが怒ったように顔を上げた。

「今のお前じゃあ、そのダチは逝くに逝けねえだろうよ」

 その顔に、動揺が浮かぶ。

「こんなフラフラしやがって。重りのない風船みてえだな。いつまで漂ってるつもりだ? 人間が誰もいない世の中まで、ずーっとダラダラ生き続けるつもりかよ?」

「てめえ!」

 ジュンが怒声をあげ、ヒューイの胸ぐらを掴んだ。

 瞳の中で、金色(こんじき)の炎が燃えている。

 悲しい燃え方だ。ふと、そう思った。

「……気が済むなら殴りゃあいい。殺せばいいさ。でも、そんなことしたって、誰もお前の手綱(たづな)をとろうなんて考えねえよ」

「…………」

「いつまでウジウジしてるつもりだ。そりゃ、風船みたいに生きるのもありだぜ。でも、だからってこの世の不幸を一身に背負ってますーみてえな顔はすんな」

 ジュンが呆然とする。胸ぐらを離した。

「そいつらは死んだかもしれねえ。でもお前は生きてる。だったら生きろ。いい加減、墓の周りでグジグジしてんな。俺はそいつらが何を守りたくて戦ったのかは知らねえが、お前は知ってんだろ? だったら、それがどうなるのか、どうなったのか、しっかり見届けに行けよ」

 ジュンが、はっとした顔でヒューイを見た。ヒューイも見返す。

 ジュンの顔に彩られた驚きは、不意に涙という形で溢れだした。

 彼女は嗚咽(おえつ)を漏らし、そのまましゃがみこむ。

 小さい声が大きなものに変わるのには、さほど時間はかからなかった。

 ヒューイはただ、赤い夕焼け空を眺める。


 しばらくして、ジュンは落ち着きを取り戻した。

 ぐずぐずと鼻をすする音が聞こえ、それから涙声が聞こえる。

「ごめん」

「いいってことよ」

 ジュンにこれ以上、あの少女の話をさせる気はない。

 だが、いつか、こうだったなあとジュンが泣かずに話せる、その時が来てほしい。

 リンゴを適当に切り分け、その一つを彼女の口に押し込んだ。

「む?」

「食え」

「む」

 そのまま手を使わずに口だけで食べる様子は、まるで子供だ。思わず呆れた。これで千年も生きているとは思えない。

「……ガキ」

「うっさい」

 食べ終わったジュンの手がリンゴに伸びる。掴んだそれを、彼女はヒューイの口に突っ込んだ。

「……おい」

「お返し」

 あっさりそれだけを言った彼女は、ふらりと立ち上がり、ローブを羽織(はお)ると部屋の扉を開いた。

「じゃあね」

 そのまま出て行こうとするジュンに、ヒューイは声をかける。

「また気が向いたら来いよ。今度は本気で口説いてやっからな。酒もおごってやる」

 彼女は振り返らなかった。ただ、一瞬、体の動作を止める。

「……うん」

「またな」

 ジュンは扉を閉めた。

 彼女の背中が見えなくなった。

 ヒューイは眼を瞑り、耳をすませる。

 ジュンが遠ざかっていく音を聞いていた。

 やがてそれが聞こえなくなると、ヒューイはリンゴを口に放り込む。

「……夢みてえだ。どいつもこいつもふらりと消えやがって」

 それに応える声はない。

 だが、誰かの忍び笑いが聞こえた気がした。若くて幼い、男なのか女なのかよくわからない声。

「笑うなよ」

 金貨を取り出す。

 しみのついた金貨は、太陽の光を浴びて鈍く輝いた。

「さて……これからどうすっかな」

 そう呟いてみるも、もう答えは決まっている。

 とりあえず、日常に戻ろうと思った。

「いや、違えな」


 幽霊(ゆうれい)に遭ったことも仙人(せんにん)()ったことも全て、ただ鮮やかに彩られた、日常の延長線なのだ。

 だからいつの日か、またいつかの日常で遭えるかもしれない。


 そのために、それまでくだらない日々を過ごしておこうと決めた。

「ウォルの顔でも見に行くか。んでついでにそこの祭りを見物していくと」

 ここ数日の予定を決め、リンゴをくわえたヒューイだった。



これでヒューイ編は完結となります。

次で、ある意味最終章なのかな?


予告をしておきますと。

ヒューイの弟分が登場します。

……それだけ!? ええ、そうですとも!


もちろん話はそれだけじゃありませんから!

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