十、所長など中間管理職ですのよ。もっとひどいのがおでましですわ! 五
それは結局、復讐の旅がふりだしにもどったにすぎない。
あえて味方になったように思わせて、改めて公爵の隙を狙うという手もないではない。むこうもそんなことは百も承知で、監視かなにかをつけるだろう。ある意味私とサイゾをくっつけた方が能率的だ。
「ルイーゼ……あ、改めて……結婚……してくれ」
私に向かいあうようにたったサイゾは、右膝を折って床につけつつ両手を胸の前で握りあわせた。
もう、チンケな毒薬を使ったトリックは通用しない。応じるか断るか、どちらか。ヤンブルもタズキもレメンも……いや、トローク公爵でさえ干渉できない。それでいて、公爵がなんの『保険』もなしにこんな場を許すとはとても思えなかった。だいいち、かわいがっている末っ子が二度も恥をかくのを座視するだろうか。サイゾにも知らせないように、サイゾのプロポーズが成功するように……失敗しても本人の対面がとり繕えるように……してあるのではないのか。ただ、ヤンブルやタズキが公爵の手下とは思えない。そんなことをしてもしサイゾにバレたら、彼からすれば屈辱だろう。
消去法的に、看守が残った。思い返せば、彼は所長にさえ意見がいえる立場だった。
「お返事の前に、いくつか質問をよろしいでしょうか?」
「も、もちろん」
サイゾは当然、自分への様々な質問を想定し対策をたててきたことだろう。でも残念、私はプロの詐欺師。
「せんえつながら、お父上にもご許可をとっていただけますこと?」
私がじかに頼むのは礼に欠ける。そこは、はばかりなくサイゾを利用する。
「ち、父上……」
「うむ」
「だ、そうだ。なんでも聞いてくれ」
「看守様。公爵様からのご指示を明らかにしてくださいな」
「リバーガことサイゾ様を陰ながら支援すること、二人が結婚するならオーゲン教会のために働くよう洗脳するための薬品を二人の食事にまぜること、結婚しなかったなら三五六を即座に殺すこと」
こう何度もことあるごとに三五六と連呼されたら、番号が本名でトピアが刑務所の通し番号だと錯覚しそう。しないけど。
「公爵様は私の血をどうしたいと仰せですの?」
「一滴残らず採取し……」
看守の頭が、所長と同じように膨張した。あとずさるひまもあればこそ、爆発して四散した脳だか骨だかが私の身体を直撃した。うしろむきに倒れた私は頭を打って気を失った。
『彼女は自分の血と王子様の血をまぜて特別なドアをこしらえました。それをあけると王様が現れました。俺様はなんでも思いどおりになる力を手にいれたんだ! だからいうことを聞け! と、悪い王様はいいました。私を倒すためにその力を使ってごらんと彼女はいいました。王様が力を使おうとすると、王様の身体は自分の力に耐えられなくなって爆発しました。こうして王様と家来達は滅び、彼女は街の人々とともに末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』
夢の中で、母は絵本を閉じた。
『面白かった?』
母は微笑みながら聞いた。私は上機嫌にうなずいた。
『それはよかった。これはね、お父さんからもらった力なのよ』
力なるものにピンとこなかった私を、母は優しくなでた。
『私にはね、ルイーゼの未来が少しだけわかるの。だから、絵本にして語っておいたのよ』
そうだ。私が悪運強さを得たり血が炎になったりするのと同様、母は予知能力を得た。それは私をある年齢まで無事に育てるために使われた。
ある日、母は死んだ。頭が爆発して。そのころには絵本の内容などすっかり忘れていた。
竜の肉は、食べた者に強大な力を与える。しかし、使いすぎると死に至る。
「ルイーゼ! し、しっかりするんだ!」
必死になって私をゆするサイゾの腕のなかで、私はうっすら目を開けた。
「レメン様。遊戯盤から、竜の血にかかわる項目を検索してくださる?」
「はっ、はいっ……。竜の血肉……錬金術などの非常に貴重な原料。入手は非常に困難。数千年に一度、寿命がつきた竜が空から落ちてくることがある。同じくらい珍しく、竜の血肉を口にして得た力を使ってもまったく支障をきたさない者がいる。事前の判別は不可能だが、近年になると疑似的な竜の血肉を被験者に投与する研究が盛ん」
「竜の血肉がもたらす影響もありませんこと?」
「えーと……異形種、つまり各種怪物への変身。身体の部分的な膨張・破裂。疑似的な竜の血肉も、成分が本物に近づけば同様の結末を引きおこす可能性が高い」
だから母は反対していたのか。そして、私の血を研究すれば副作用なく安定した効果を得られる。
「つまり、階段の守護者達は人体実験のなれのはてだったのですね。口封じをかねた」
「ふん。そのまま寝てしまえばよかったものを。つまらないことを知りたがる女だな」
ああ、やっと公爵が復讐に値する雰囲気を放ちだした。
「父の研究を独り占めしたかったのでございますなら、ずいぶんと回りくどいやり方ですこと」
皮肉をこめて私はやり返した。




