十、所長など中間管理職ですのよ。もっとひどいのがおでましですわ! 四
一人二人じゃない。割れんばかりの拍手。まさに万雷、洪水もさながらの大音量だった。
『おめでとうございます! 皆さんの社会復帰計画は無事完結しました! これまでのところ、苦しいこともあったでしょう。辛いこともあったでしょう。でも、すぎてしまえば古き良き思いでですよね! それでは、オーゲングループ総帥のトローク公爵様からお祝辞があります』
拍手が一段落すると、物知りお姉さんがいままでの人生で最悪にうすっぺらな賞賛を吐きだした。そして私達の目の前にトローク公爵その人……の、半透明な幻が現れた。本体はどこか安全な場所にいる。
「すばらしい。私の見こんだ通りの実力だ、五人とも。では、改めて許可しよう」
「許可……?」
タズキが首をひねった。私は無罪放免のことかと思った。
リバーガが、黙って自分の顔に両手をかけた。まるで帽子かなにかをぬぐように顔の皮をはぎはじめる。というのは見せかけで、変装用のマスクをはがした。そこからでてきたのは……。
「サイゾ……様……」
そう。私が最後に結婚詐欺の餌食にした相手。トローク公爵の三男。
サイゾは、自分の首にも手をかけた。衣服ごと、偽りの肉体がはがれていく。つまり、サイゾは本来の体全体を偽の肉体で覆っていたのだ。
「よ、ようやく……私は自分の意志を自力でなしとげた……」
感涙にむせぶサイゾを前に、なにをどうしたらいいかわからない。タズキでさえあきれ返って天井をながめている。
そもそも、サイゾは横にはみでた脇腹と下にたるんだあごがトレードマークな、父や兄達とは似ても似つかない体たらくの外見だった。中身についてもお人よしで世間知らずな、平たくいえばバカだった。いまやあのぶよぶよの肉体が相当にしぼりこまれている。
「うむ。実のところ、お前だけが気がかりだった。これでトローク公爵家も安泰だな」
深々とうなずく公爵。
「な、なにがどうなってんだよ!」
「最初から茶番劇で、そこのぼっちゃんが乳離れするための企画だったのか?」
タズキの苛だちに、ヤンブルがようやくいつもの調子を……多少なりと……回復した。
「御前だぞ! 態度をつつしめ」
いまだに縛られたままの看守が厳しくたしなめたものの、それすらこっけいに思える。
「ルイーゼ・トピア嬢……い、いや、ルイーゼ。私は裏切られたと知りつつなお君を愛していた」
サイゾは熱く燃えるまなざしを私に据え、早口になりつつも重大な決意を語りはじめた。あまりにもとっぴすぎて返事ができない。
「それで、たってのわがままを父上に、お願いした。父上からはまず私が徹底的に鍛錬をおこない、ついで囚人の一人になりすましたのがバレないように最後まで寄りそえるなら許可するという判断だった。本物のリバーガはとうに処刑されている」
公爵の幻を、ちらっとだけ私は見た。無言無表情。
「所長には、また別の許可が必要だった。所長は、私の一連の行為を見世物にしたがった。貴族や大商人に、オーゲン商会のロゴマークを通じて我々の姿を一人一人に届ける。見物料も徴収すれば、賭けにもすると。最初から所長は、そうやって私腹を肥やしてきた。さっきの拍手は、見物客のだ。それでも生きのこった囚人は、洗脳して職員にしていた」
だんだん胸クソ悪い展開になってきた。
「それでも、私は全部飲んだ。とにかく、君を一人でこんな悪趣味なゲームに参加させるだなんて論外だ」
「じゃあ俺達はどうなるんだよ」
口調だけでなく表情もまた、ヤンブルはいい加減にしてくれといわんばかりだ。
「君達は、ここからでようとここの職員になろうと勝手だ。もちろん、洗脳なんてバカなまねはしない」
「そんな保証がどこにあんのさ?」
タズキの言葉には、お人よしな信用とは真反対な雰囲気が満ちていた。
「私が、ここの所長として新たに赴任するからだ。見世物も賭けもおしまいだ」
私がただの囚人で、リバーガがリバーガのままだったらさっさと自由になって終わりだったろう。




