九、おしまいにはカルト宗教ですの? まぁ。芸のないお話ですこと。 六
とうに私の部屋の明かりは消され、青白い月明かりだけが窓からさしていた。
『あなたは自分の研究に娘を利用するんですか!』
ひんやりした空気のなかで、母が声を荒げるのが聞こえた。
『これが成功すれば、もう公爵のふざけた社会実験につきあわされずにすむんだ!』
負けじと父もやり返した。
そうだった。父はそもそも、なんの研究をしていたのか。肝心な点を忘れていた。まあ、非人道なものでない限りは処刑される筋あいなどなかったし、どのみち私の方針はかわらなかっただろう。
『動物実験でもせいぜい五割なんですよね?』
『被験体がもっと集まれば研究は進んだ』
『近所の野良猫を狩りつくしてまだ足らないんですか! だから目をつけられたんです!』
『足らないものは足らない! あと一歩、あと一歩なんだ!』
しばらく沈黙が続いた。怒鳴りあいよりもずっと恐ろしく、布団を身体に巻きつけてもがたがたふるえた。
『なら、せめて家族全員でおこなってください』
うってかわって静かな口調だ。
『なに!? 大人に試すには、さらに実験を重ねて……』
『トピアで失敗したら、私達だけ生きていても意味がありません!』
『幼児で成功しても大人で失敗する可能性もある!』
『なら最初からやめてください!』
また無言になった。
『いいだろう。なら、明日の晩だ』
『わかりました』
話がまとまり、一人分の足音がした。歩幅から、母だと察しがついた。
なんとなく、ベッドのなかに潜りこんだ。知らなかったふりをしている方がいい、と幼い心ながらに判断した。
床下からは、とうに真夜中をこしているというのに鍋だのナイフだのをだす甲高い音がかすかに響いてきた。ふだんなら眠りを妨げるようなものではないが、いよいよ寝ていられなくなった。
調理の準備を父がしているのは当然として、どんな表情なのか予想もつかない。そもそもさっきのような夫婦喧嘩を聞くのは生まれて初めてだった。もちろん、これまでにもそうしたいさかいはあったのだろうが娘には悟られないようにしていたのだろう。もうそんな余裕はない。
悶々としていると、母の足音がまさに近づいてきた。なにか恐ろしい知らせがあるのだろうか。とにかく寝たふりだ。
ごくかすかにちょうつがいのきしむ音がした。
子が小さなうちは、寝相が乱れて風邪などひかないように親が見回る。あのときの私は、そろそろ自分の寝相くらい自分でどうにかする歳になりつつあった。
『トピア。父さんね、悪い人から皆を守りたいって。悪い人がお金や食べ物を独りじめしないよう、特別な食べ物を作ったって。でもね、ひょっとしたら毒かもしれないの。だから、あなたには食べさせたくなかった。せめて、明日の晩はいっしょに食べるからね。許してね』
寝たふりを続ける私に母は語りかけ、頬にキスしてからでていった。




