二、ここがウワサの片道切符!? とりあえず身体検査ですわ。 三
着替えが終わり、最後の矢印に従うと廊下にでた。ここまで案内してきたのと同じ看守達が待ち構えている。
囚人服ごしに腰縄をつけられ、ふたたび歩かされた。『所長室』の札を掲げたドアへと。
さすがに予想していなかった。わざわざ所長が囚人と会うなんて聞いたことがない。
私設刑務所だし、ひょっとしたら乱暴されるかも……? そんな恐怖が心に染みついた。いまさらあともどりはできない。看守の一人がドアをノックした。
「誰かね」
思ったとおりのオヤジ声が、ドア越しに聞こえた。
「失礼します。囚人番号第三五六番、トピアを連れてきました」
「入りたまえ」
ノックした看守がそのままドアを開けた。とたんに香薬草の少し辛い香りが部屋から流れてきた。
公爵のお屋敷ほどじゃないにしても、なかなかにお金のかかった部屋だ。ふかふかの赤い絨毯といい、がっしりした執務机といい。机の背後には、やはりというべきかトローク公爵の肖像画。観葉植物や水槽はなかった。
「これはこれは、初めまして。私は当刑務所の所長、アックと申します。以後お見知りおきを。状況からして握手はできませんが、ひょっとしたらそうなるかもしれませんぞ」
私と机を挟んでむかいあう、小太りの男性が滑らかに自己紹介した。白髪を丸い頭に貼りつけるように伸ばし、小さな茶色い瞳がいかにも抜け目なさそうにこちらを眺めている。
あまりにも平凡な挨拶に続いて、少しばかり気にかかる説明がでてきた。だから私は、気持ちがまとまらずに黙ったままたっていた。
「おい、所長がご挨拶したんだからさっさと自己紹介をしろ」
看守の一人が、見かねてか命令した。
「あー、すみません。トピアです」
我ながら芸がない。
「囚人番号第三五六番。あなたが囚人以外の人々に名のるときは、それが名前ですよ」
にこやかに、所長は私の存在意義の一つを否定した。腹がたつのは当たり前として、言いかえすのは馬鹿げている。
「では、やり直しなさい」
いかにも寛大な教師かなにかのように命令する所長を、私は嫌っている人間リストに入れることにした。詐欺師を続けていると、うわべだけ度量が広そうな人間はすぐわかる。
「私は囚人番号第三五六番です。よろしくお願いいたします」
「はい、よくできました」
アック所長は、机からクリップボードを持ちあげた。
「ふむふむ……富裕層や貴族専門の、結婚詐欺ですか。さぞ稼いだことでしょう?」
「さあ、知りません」
「わっはっはっ、冗談ですよ。どうして詐欺師なんかになったんです?」
「ほかにできることがなかったからです」
「それだけですか?」
まばたきを五、六回するくらいな沈黙が続いた。
実は、それだけじゃない。結婚詐欺はあくまで手段だった。
「こちらの調べでは、ご父君は貴族の地位をえた錬金術師だそうですね。しかし、異端ということで火刑。家財は没収でご母堂とあなたは追放処分と。誰か恨みを持つ人間をやっつけたくはないんですか?」
「いえ、関係ないです」
そっけなく答えるふりをして、私の脈拍は急に跳ねあがっていた。
私が受けた裁判は、たんに罪を認めておしまいというだけの流れだった。ある程度の時間がかかったのは、証拠や動機の追及というより刑罰を決めるためだったろう。だから、私の過去なんて聞かれもしなかった。
本当は、関係大あり。父を殺して家を潰した奴ら全員に復讐する。詐欺は情報収集と資金集めの手段だった。
などといったことを、所長は本気で知りたいんじゃないだろう。個人的な趣味で囚人をいたぶるようにカマをかけているだけだ。
「たしかに、関係ないですな。良くも悪くも。いや、話をもどしましょう。あなたは実に運がいい」
話をもどすといいながらいきなり飛躍した。首をかしげるのを危うく思いとどまった。
「当刑務所は、ご承知のとおり福祉施設でもあるのですよ。あなたのような社会不適応者を再教育し、まっとうな人生を送るお手伝いをするのです」
そういうお題目がまともに機能した試しがない。
「ちなみに、今回の判決にはあなたの最後の被害者だったトローク家のご三男も影響しています。熱心に減刑を働きかけていましたよ」
だからといって感謝する気にはなれなかった。むしろ、失敗した苦味がよけいに強くこみあがってきた。
「当刑務所は、もっぱら地下に施設がこしらえてあります。犯罪が重ければ重いほど地下深くになりますが、最大で七階です。で、あなたはその七階いきですな」
所長は、私が動揺するのを目にしたかったのだろう。