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九、おしまいにはカルト宗教ですの? まぁ。芸のないお話ですこと。 一

『地下一階へようこそ。ここまでくれば、社会復帰まであと一歩です。理想の相手を見つけ、子が生まれ、次の世代へとつながる。それこそがあるべき社会の姿です。ここでは、社会復帰と同時に皆さんの相手がすでに存在できるように当施設でお手伝いをします』


 教会の礼拝堂で、物知りお姉さんが告げた。私達以外は誰もいない。出入口もない。司祭が説教をする演壇の背後には、神ならぬオーゲン商会の巨大なロゴ……荷車を引くロバが壁に浮き彫りされている。窓もまったくなく、明かりは天井からもたらされる魔法の光だけでまかなわれていた。どこからか、荘重なパイプオルガンの曲も聞こえてくる。結婚式でよくかかるものだ。会話できなくなるほどうるさくはない反面、長くもない旋律をえんえんと繰りかえしていた。


 理想の相手か。ここには男性二人に女性三人。つまり、単純計算なら女性が一人はみでる。一応断っておくと、この国は一夫一婦制だ。


 それにしても、聞くだにヘドがでる。オーゲン商会だかトローク公爵だか、よくもここまで人の自由を無視した理想とやらを臆面もなくおおっぴらにできるものだ。理想の相手が見つかろうが見つかるまいが、子ができようができまいがそんものは本人の勝手だ。なにがあるべき社会の姿だ。あえて陳腐な表現をするなら大きなお世話だ。化け物と命がけで戦う方が、まだしも納得できる。


 などと結婚詐欺師の私が考えるのは矛盾というものだった。


 前の階で指摘されるまでもなく、私は罪悪感なるものを都合よく無視している。特にひどいとは思わない。そうしないと生きのびられなかったのだから。一方で、自分が毛嫌いしている価値観にのっかって『商売』をしているのは事実だ。


 社会復帰とやらが近づくたびに、自分が仇としてきた連中を一人ずつ殺していくのも複雑な気分がしてやまない。結局は、刑務所側のいいように利用されているだけではないだろうか。


 もう、残っている仇はトローク公爵くらいだろう。リバーガの主張からすると、彼が刑務所の仕くみや受刑者達を隅から隅まで知っている可能性は大いにある。部下まかせにしてほったらかしという可能性もなくはないが、私が逮捕されたパーティーの手際からしても油断できない。ならば、私の仇は意図的に倒される可能性をおりこまれていたということになる。


 仮説が正しければ、私達の出所には公爵も必ず顔をだすはずだ。そうした儀礼や形式が大好きな人間なのだから。むろん、厳重な用心をほどこすだろう。


『制限時間は十です。では、頑張ってください』

「頑張ってって……いや、なにをどう頑張ったらいいんだ?」


 ヤンブルの疑問も当然だ。具体的な方策はなにも示されてない。まさか、誰かをにわか司祭にしたてて演壇の前で愛を誓わせるのでもないだろう。仮にそうだとしても、ちっとも頑張りたくない。


「おいっ、もうおろせよ」


 乱暴な野良猫さながらに、タズキは手足をばたばたさせた。

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