八、ここのカウンセリングなんてアテになりませんわ! 私、とうに自分の気持ちを把握しつつありますの。 三
いくばくか進むと広場にでた。木に囲まれた円形のなだらかな草原で、いまきた道のほかにまた別なそれが続いている。つまり、二筋の道がこの広場につながっている。
「そろそろ昼にしよう」
父はトランクを地面におろした。
「まあうれしい。トピアもお腹が減ったでしょう?」
母に促され、私は元気よくうなずいた。父はしゃがんでトランクをあけ、敷物を広げた。トランクの内側に、三五一と赤く印刷した白い紙がはってある。なにか、特別な思いいれのある数字だか紙だかなのだろう。
父と母が二人で敷物を広げる間、私はトランクから三人分の弁当がはいった箱と水筒をだした。
「ありがとう、トピア。とても助かるね」
にこにこしながら母が私をなでる間、父は靴を脱いで敷物にのり、私から受けとった弁当や水筒をならべた。順次、コップや調味料のびんが姿を現していく。
準備が終わり、両親とともに敷物に座った私が弁当の中身を目にしようとした直前。犬の鳴き声がした。広場のへりで、茂みから顔だけだした犬がこちらにむかって吠えている。
「あらいやだ。野犬かしら」
「いや、逃げるか捨てるかされた元飼い犬だろう。首輪がついている」
冷静に観察しつつ、父は水筒からコップに茶をついだ。目をこらすと、たしかに首輪がついている。喉にあたる部分からは赤い字で三五三と書かれた白い札がぶらさがっていた。
「私達のご飯は犬には毒だから、あげちゃだめよ」
私の気持ちを察してか、母は先回りしていった。
「犬は放っておいて、とにかく飯だ」
父が、食事といわずに飯という言葉を使うのも少し意外だった。
「そうね。とっておきのごちそうよ」
母はいつものように微笑んだが、手元がぴくぴくひきつっている。病気だろうか。そういえば、全体的に肌が白すぎる。よく観察したらかさかさしていていた。
私はようやくにもお昼ご飯の内容を知った。大きな、分厚い肉が長方形のパンとレタスにはさまれている。牛肉でも豚肉でも鶏肉でもない。魚とも違う。なんなんだろう。覚えはあるのに名前がでてこない。
「ソースもコショウも、好きなように使うといいから」
「うまそうだ」
父が目を細めた。
一切れ手にしようとした私のそばを、さっきでてきた犬が猛スピードで走りぬけた。と思ったら、箱ごとお昼ご飯をくわえてまだ踏みこんでない方の道へ逃げだした。何枚かの肉が、はずみでぼろぼろ敷物にこぼれ落ちた。
「あっ、ドロボー!」
母が叫んだ。父はたちまち険しい表情になり、靴をはくのももどかしく走りだした。私と母もあわててあとに続いた。
ほんらい、よほど訓練された人間でないと犬に追いつくのは難しい。今回は、犬の側に箱をくわえているという負担がある。それに、父は恐ろしく足が速かった。母や私をたちまちふりきってしまう。
「はぁっ……はぁっ……。い、いったん帰りましょう」
膝に手をつきながら持ちかけた母に、同じく息を切らせた私はうなずいた。
広場に帰ると、一人のみすぼらしい少女がいた。はだしで敷物のうえにたっている。そのせいで、敷物は土まみれだ。彼女は私より少しだけ年上のようだが、ボロを身にまとってごわごわの赤い髪をしていた。おまけに右手の甲には三四七と青い数字が入れ墨されている。彼女の口の周りは、私達が食べるはずだった肉の赤黒い汁で汚れていた。
「あなた誰? どうして私達のお昼ご飯を断りもなしに食べているの?」
当然至極にとがめる母を無視して、少女は私達に背をむけた。




