七、結婚詐欺師に賭博の駆けひきなんて、十年早いんじゃなくて? 一
『地下三階へようこそ! ここでは論理的整合性の追及、偶発的要素への対処、対人忍耐力の向上を学びます。教材として、カードとルーレットを用意しました。時間は三十です。それでは、始めてください』
物知りお姉さんの宣言と同時に室内がはっきりした。
ここは賭博場そのものだ。一目でわかる。ただし、人が十ニ、三人もいたらぎゅうぎゅう詰めになるくらいの広さしかない。どの壁にも出入口はなく、隅には翼を持つ悪魔……ガーゴイルの石像が据えてあった。ガーゴイルは私のへそくらいの高さの台座に置かれていて、本体は私の上半身くらいの大きさをしている。
賭博そのものは、シャバにいたとき少し遊んだことならある。裕福な平民がいくところで、この部屋の五倍くらいの広さがあった。もちろん、女性が安心して出入りできるところだった。
遊戯台は、説明通りに二つあった。カードとルーレット。いずれも磨かれた艶やかな茶色い木のテーブルだ。もちろん、両方とも緑色のビロードが張られている。
問題は、胴元側の席にいる人間だった。二つの台にそれぞれ一人ずつ。椅子に座っている。黒いズボンに白いシャツ、黒いクロスタイまでおそろいの格好だった。顔見知りでもある。
「タズキ! レメン!」
ぽかんとした顔で大声をだすのは、ヤンブルの得意技といっていい。
「ちっ、腐れ縁かよ」
毒づくタズキは、意外にも白黒姿がにあっている。ルーレットの担当だ。
ルーレットは、円形の外盤の中に三十八個の小さなくぼみがついた小さな円周、いわば数字盤が収まっている。外側の円周と数字盤は同心円で、中心からつきでた軸を手で回せば数字盤だけがぐるぐる回転する。念のために補っておくと、ルーレットは他のボードゲームのように机に寝かせた状態で使う。ダーツ盤みたいにたてるのではない。必然的に、うえから眺める形で参加する。
さておき、勝負は数字盤でつける。三十八個のくぼみ一つ一つにゼロ、ゼロゼロ、そして一から三十六までの数字が割りふってある。また、ゼロとゼロゼロは緑、他は偶数が黒で奇数は赤に彩色されている。
賭けを始めるときは胴元が一連の操作をする。まずルーレットの軸を回してから、即座に親指の爪ほどの白い玉を回転方向とは逆に外盤の円周内を滑らせるように入れる。玉は何回か円周内を回ってから数字盤のどれかのくぼみに落ちる。客は、玉が円周内を回り始めてからある程度速度を落とすまでの間にどのくぼみに落ちるのかを予想して賭ける。
「意外にはやく次の機会がきましたね」
このうえなく陰気な笑顔を楽しそうに浮かべながら、レメンはカードの箱を右手でなでていた。新品で、封印もついたままだ。
「レメン様はともかく、タズキ様までどうして職員側になりましたの?」
『残り二十五』
情報があるにこしたことはない反面、大して余裕はない。
「あんたらに勝てば自由になれるっていうんだから、そりゃ悩む必要はないだろ。引きかえにあんたらは死ぬんだけどな」
うらみをこめたタズキの視線は、私を貫かんばかりだった。
「負けたら?」
相手の事情を把握するべく、私はより切実なことを聞いた。
「さあな。知らねえ」
素で答えているのはほぼ間違いなかった。どのみちタズキの立場になるなら知ってもしかたないとはいえる。
「私は知っていますよ。処刑されます」
レメンが素敵な知らせをもたらした。




