六、白馬の騎士様と遊園地デートですのよ! インチキでございますけど! 八
それが消えると一人の男性が横たわっていた。絵本では適当にアレンジされていたにせよ、目鼻だちの特徴ははっきりしている。父の裁判でとんちんかんな仕事をした弁護士だ。
異端審問には、形だけ被告にも弁護士がつく。自分で雇ってもいい。ただの建前で偽善な仕くみにすぎなかった。それでも父は一番評判のいい弁護士を迎えたのに、報酬だけ貪ったあとは知らん顔だった。
感傷にひたる前に、体力を回復させないと。気が抜けかけて膝の折れた私を、リバーガが左脇から支えた。
「とりあえずレストランに帰ろう。頑張れ、大した距離じゃない」
励ますリバーガも全身ががくがくけいれんしかかっている。
「一人で……歩けますわ……」
「強がりをいうな。黙ってもたれてろ」
それ以上言いかえせなかった。一歩一歩が苦痛の反面、どこか心地よかった。
「おっ、リバーガ! トピア! 無事だったか!」
能天気なほどはつらつとしたヤンブルが、『金色のやかん』にもどった私達を迎えた。彼もトロールに殴られたはずなのに、元気いっぱいだ。
物知りお姉さんの言葉どおり、ターミナルもあった。ただし、私達以外には誰もいない。
「二人とも重傷だ。添え木かなにか……」
「じゃあ、どこでもいいから席について飯を食いなよ。自動的にでてくるし、ケガやら病気やらもすぐ治るらしいぜ。現に俺はそうなったし」
じゃあ私達を助けにきてくれてもよかったのに。なじる言葉もでてこないほど全身が重い。
リバーガは、戸口に一番近い席まで私を連れていった。隣同士の椅子に座ると、すぐに見なれた盆皿と中身がでてくる。どうでもいいけど、テーブルには荷車を引くロバがプリントしてある。今さらながらに初めて気づいた。
リバーガは、どうにかパンを手にしてかぶりついた。それからは少しずつ動作が滑らかになり、完食するころにはいつも通りになっていた。
私はというと、指さえ動かない。
「おい、口をあけろ」
リバーガの指示に黙って従うと、彼は私のパンを小さくちぎって口に入れてくれた。
あんなに毛嫌いしていた食事だったのに、その一噛みは生涯で一番忘れられない美味しさになってしまった。身体の芯から力がみなぎり、ぼうっとした不快なだるさが溶けるように消えていく。
リバーガは、私が食べる速さに合わせてパンやサラダを口に運んでくれた。……あれ。自分で食べられるようになったはずなのに、どうして私は世話を受け続けているのだろう。
「おーおー、見せつけてくれるねえ」
ヤンブルが、少し遠いテーブルからにやにやして私達を眺めていた。なぜか酒瓶とコップがあり、琥珀色の液体をちびちびやっている。
「ヤンブル」
一言リバーガが呼ぶと、ヤンブルはわざとらしく首を縮めた。
「ごちそうさまでした。リバーガ、とても助かりましたわ」
「気にするな。それよりヤンブル、看守とレメンはどうした?」
「一足先に二人ででていったよ」
「二人とも刑務所側の人間……ということは、私達とはまた別な要領で階から階をいききできるということでしょうか?」
私でなくとも、少し考えれば誰でもいきつく。
「そうとる方が自然だよな。もっとも、どうせ俺達は利用できないだろうよ」
ヤンブルは、コップに残った最後の一滴を飲み干した。
「どうにか回復もしたし、さっさと上の階へいくか」
「はい」
私とリバーガは椅子をうしろに引いた。
「待てよ……」
タイミングを合わせて席を離れたヤンブルが、両腕を組んだ。
「なんですの?」
「トピア、すげえ臭えぞ。トロールのゲロでも浴びたのか?」
「やかましい! あら、ごめんあそばせ」
なまじ事実に近いだけに、よけい腹がたった。しばらくは我慢するしかない。おたがいに。とにかくターミナルだ。




