六、白馬の騎士様と遊園地デートですのよ! インチキでございますけど! 六
まずは、ビンを手近な机に置いてから一度外にでた。防犯幻影で頭に叩きこんだ区画へいく。すぐにリバーガを助けにはいかない。一手間かける必要がある。
絶叫車輌のレールに足をかけ、ひたすら登った。高いところは得意じゃないけど必死だった。レールがなだらかな山なりになっていて、頂点にあたる部分を目指す。傾きが急すぎると登れないし、地面に水平だったら意味がない。うまい具合にトロールへまっすぐ突き進む角度のレールがあった。
ここぞというところで、ヤンブルからあずかったナイフをだした。自分の指を切りつけて血を流す。高いところよりも、むしろこっちの方が決断が必要だった。
レールに滴った血が次々と燃え、火傷しそうな蒸気がゆらゆらうごめいた。もちろん、ちょっとやそっとではびくともしない。同じ場所に集中して血を垂らす。幸か不幸か、高いだけあって緩く風がふいている。お陰で蒸気が散って本当に火傷せずにすんだ。集中あるのみ。
やがて、レールに穴ができた。かすかに地上が覗ける。出血もあって足元が一瞬ふらついたものの、踏んばり直した。まだまだこれから。
自分の血でうがった穴を橫一文字につなげる形で、レールを断絶させた。それで半分。
最初の断絶から、滑り落ちないですむぎりぎりまでさがって同じ作業を繰りかえした。
完全な断絶をもう一行作ったら、切りとられたレールが地面に落ちてしまう。それはまずい。音でトロールに気づかれる。つまり、二行目はぎりぎりまで穴をうがってからお辞儀するように垂れさがらせるのが肝要。
細心の注意を払い、ようやく終わった。精神的にも肉体的にもぎりぎりの作業になった。ふらふらする身体に、心の中でムチを打って券売所へ帰った。ビンを手にしてから制御盤を読んで、『始動』と記された文字を指で突く。
『残り十』
ぐずぐずしていられない。防犯幻影に注目すると、絶叫車輌がゆっくりと動き始めた。一方で、トロールは木箱を前にして両拳を夜空にふりあげている。
こちらが叫びたくなるほどのろのろと、絶叫車輌はまず垂直なレールのうえを逆戻りしながら登っていった。それが限界になったのと同時に、いきなり猛スピードでレールに沿って落ち始める。
あとは、まさにレールのうえを走るだけだった。複雑怪奇な走路を経て、私が細工した箇所にさしかかろうというとき……垂れていた部分のレールが脱落した。思わず目をつぶったものの、死体も目を覚ますほど大きな音がここまで響いた。
目を開けると、トロールは拳を降ろして左右をきょろきょろ見回している。リバーガは動くに動けない。絶叫車輌がレールの途ぎれにさしかかったとき、トロールは木箱をあとにしてリバーガに近づいた。その直後、切断されたレールから宙に飛びだした絶叫車輌が木箱めがけてつっこんだ。
絶叫車輌の一番最後にある箱が、着地と同時にトロールの背中を叩きのめした。トロールはめりこむように地面に倒れたものの、車輌は木箱をこっぱみじんにしてどこか遠くに走っていった。まばたきを数回繰り返した時間のあと、脱落したレールよりもはるかに恐ろしい音が遊園地を揺さぶった。ほとんど爆発だ。
ビンを手にしたまま、私は券売所をでて夢中で走った。血が足りなくて足がもつれそうになる。気にしていられない。
現場にたどりつくと、トロールはまだのびていた。リバーガの口を手で開け、ビンの栓を外してから中身を流しこんだ。
「うーっ。やっと動ける……助かった」
「よかった。でも、トロールは……」
「ああ、とどめを刺さないとな」
たちあがったリバーガが剣に手をかけたとき、トロールはむくっと起きた。
「くそっ!」
斬りかかるリバーガに、トロールの右拳が迫った。




