六、白馬の騎士様と遊園地デートですのよ! インチキでございますけど! 五
その直後、耳を突きやぶるようなひどい物音が店内に轟いた。壁の一部が屋内にむけて崩され、腰みの姿で毛むくじゃらの大柄な男がのしのし歩いて近づいてくる。いや、人間じゃない。下唇から二本の牙がつきでているし、額には小さな角が一本生えている。肌も茶緑色の地に白い斑点が無数。
「トロールだ! こんなところに!」
リバーガはたちむかおうとしてふらついた。
「とにかくジュースを飲めって!」
ヤンブルが、押しつけるようにビンを私の口にあてがった。すぐに一口飲むと、うっとおしいしびれがたちまち消えた。
「リバーガ様!」
今度は私がビンを手にして、リバーガに飲ませようとした。その瞬間を狙ったかのように、大股で距離を詰めてきたトロールが右手を稲妻のように伸ばしてリバーガの身体を軽々と持ちあげた。そのまま肩に担いで回れ右する。
「あっ、なにしやがる!」
ヤンブルは、隠し持っていたナイフをだしてトロールに飛びかかり、背中を突きさした。どす黒く汚ならしい血がほとばしったものの、トロールの歩みは少しも衰えない。
「くそっ、いい加減に……」
ヤンブルがナイフを引き抜いた直後、トロールは振りかえって彼を殴った。かわす間もなく頬にめりこみ、ヤンブルは壁まで吹きとばされた。
「ヤンブル!」
「俺は……いいから……トロールを……」
「あなただけでトロールからリバーガを助けるのは無理でしょう?」
「やかましい! あらまあ、ごめんあそばせ。私、あなたと違ってお友達はならんで生きていく相手ですのよ」
「トピア……ビンに……栓をしておけ。ナイフも……」
まだ壁際でへたりこんだままのヤンブルが、震える手でポケットから栓をだした。
「ありがとうございます」
礼を述べて、素早くヤンブルの元まで走った私は栓を受けとった。ビンの口を閉めて、中身がこぼれないようにする。ナイフも借りて、ベルトにさしておいた。
『残り三十』
三十……? 四十じゃなしに……? でも、あれこれ思いわずらっているときじゃない。一人でトロールを追うことになったんだ。
トロールが壁に開けた穴からでると、遊園地は何事もなかったかのようにたたずんでいた。ヤンブルがつけた傷から路上に血痕ができていて、目印になる。
問題は、トロールに追いついたとしてどうやって倒すか。自分の血を浴びせれば、なるほどトロールは火あぶりにはなる。ただ、リバーガが巻きぞえにされては元も子もない。だいいち、火あぶりになるまでトロールが黙って待っているはずがない。
なにか、遊園地のアトラクションを利用してトロールとリバーガを引きはなせないだろうか。頭をフル回転しながら辺りを観察すると、観覧車が目にとまった。隣に絶叫車輌の曲がりくねったレールがある。血痕もその方向を示していた。
絶叫車輌とは、車輪が四つついた箱をいくつもつなげたものに乗って恐怖体験を味わうものだ。より正確には、箱が恐ろしい速さでレールのうえを走り回る。まだ幼かった私は、両親に勧められても震えあがって断った。
時間を無駄にできない。私は走った。仮にトロールを倒せても、リバーガに毒が回って死ぬ可能性もある。なおさら急がないと。
息が切れそうになりながら、絶叫車輌の券売機までやってきた。あちこちに案内の標識があったから迷わずにはすんだ。どこもかしこも無人のままなのは不気味だけれど、このさいどうでもいい。
問題は、絶叫車輌を動かしたり止めたりする場所だ。どうせ魔法なのだろうけど、とにかく管理するための仕かけがどこかにある。などと気合いを入れるまでもなく、入場券の改札窓口から、ガラスのパネルごしに『制御盤』と記された木の板が見えた。改札窓口は事務室に直結していて、そこで実際に動かす管理もしているようだ。
考えるまでもなく、出入口は裏側だろう。実際にいってみたらたしかにあった。試しにノブを回すと簡単にあいた。
ためらいなく室内に踏みこんだ。窓口からはわからない角度で、絶叫車輌の敷地を要所要所に区切った光景が幻として宙に浮かんでいる。誰もいないのはさておき、千里眼の応用で防犯に役だてているのだろう。具体的な使い方は知らない。ただ、現れている場面がどこなのかはすぐそばの壁につけてある見取図から察しがつく。
トロールは、絶叫車輌のレールから少しへだたったところにいた。リバーガを地面に座らせ……もう手足がまともに動かなくなっているのだろう……自分自身は黒い布で首から下を丸ごとおおっている。そして、木の箱がトロールのすぐ手前に置いてあった。
リバーガを頭から食べているのならまだ理解できる。なにが目的なのかさっぱり想像できない。
ぼーっと眺めている暇はない。




