六、白馬の騎士様と遊園地デートですのよ! インチキでございますけど! 三
私達は顔を見合わせた。まさかいきなりゾンビだかバッタだかがでてくるとも思えない。
「俺は遠慮しとくよ」
声にだして、ヤンブルは窓際にいった。
「私は……参りますわ」
「なら俺もいこう」
ぐずぐず迷っても時間の無駄。それは、この刑務所にきて早いうちから学んでいた。
近づくと、挨拶してきた女性の特徴がいっそうはっきりした。タズキのような、わかりやすく荒んだ雰囲気ではない。だからといって温和とも思えない。理知的ではあるものの、どこか思いつめた印象を受ける顔だちだった。
「わざわざおこしくださり恐縮です。おかけになってください」
自分はたったまま、彼女は椅子を勧めた。
「まず名前を聞こう」
にこりともしないリバーガ。
「失礼しました。私はレメン。仕事は薬屋です」
聞いたことがない。ヤンブルなら得意げに語るかもしれないが、彼は走ってもすぐには合流できない場所にいる。
「リバーガ、冒険者だ」
「トピア、地主ですわ」
リバーガがちらっと横目で私を眺めた。貴族なら、土地を持っているのは当たり前だし小作人に貸したり建物の賃貸収入を得たりする。実のところ、とっくに没収されているしどのくらいの広さだったかも知らない。
「まあ、貴族様ですか?」
レメンの驚きは、演技ばかりとも思えなかった。わずかながらも嬉しさすら感じさせた。
「はい、爵位はございませんが」
「いえ、とんでもない。知らなかったこととはいえ、とても失礼しました」
「かまいませんのよ。どなたにも知る機会はございますわ」
ありふれた社交のようでいて油断できない。ここにいる以上、囚人か職員かのどちらかでしかない。レメンが階段の守護者という可能性すらある。
「風船は、椅子にでも紐を結んでおくといいでしょう。たいしてお時間のかかるものではありません」
そういえば、ずっと紐を握ったままだった。
リバーガは、ためらいなく紐を椅子の背もたれに結んで席についた。私も彼にならった。
「ありがとうございます。まずはジュースなどいかがでしょうか? すぐだせますよ」
レメン自身はたったままだ。真剣な表情である反面、レメンはどこか楽しそうだった。
「このままでいい。要件はなんだ?」
「いっしょに死んでください」
「はぁっ!?」
あらいやだ。素で本音がでた。リバーガは即座にたちあがろうとした。
「私を殺すと解毒剤が手に入りませんよ」
レメンの二言目がリバーガを押しとどめた。
「ごめんあそばせ、お話が唐突すぎて理解に苦しみますわ」
「そろそろあなたも実感できますよ」
レメンの言葉に応じてか、手足の指先がしびれてきた。
「しびれが胴体まできたら、動けなくなるのですからそのまま終わりです。私としてはここでさっさと終わらせるのが楽だったのですが、規則だとかで」
「き、規則だと?」
中腰のまま剣の柄がうまく握れず、リバーガは何度も右手を柄に滑らせていた。
「その通り! 風船の紐に毒が塗ってあったのだ!」
ふたたびドアが開いて着ぐるみが現れた。いや、首からうえは中の人だ。左脇に着ぐるみの頭を抱えていて、顔は暑苦しくも汗まみれ。一目で誰かわかった。
「か、看守……! なぜ……!」
「剣や制服を奪われて一定時間内に取りかえせなかったため、罰則を受けることになった。ちなみに紐の毒は素肌で触れないと効かないから私は大丈夫だ」
看守が大丈夫なのはどうでもいい。
「レメン様に協力するのも罰則の一部ですの?」
私としては、そこは明らかにせねばならない。
「うむ。最初は、君らから現物を返してもらわねばならなかった。しかし、それはもう無効だ。なぜなら、レメンへの協力を通じて新しい制服や剣が支給されるからだ」
「それなら、レメン様もあなと同じ職員ですの?」
「そこは微妙にずれている。厳密には条件職員だ。つまり、ある条件を満たす範囲でのみ職員として認められる」
「なんだよ、条件って」
リバーガも、なにか言葉にしないと気がすまない。




