五、炎上テーブルマナーは虫にでもお食わせ遊ばせ! 五
懲罰房は、文字通り懲罰を与える。逆にいえば、規定の懲罰以外に干渉されない。礼儀作法だろうとタズキだろうと関係ない。
ただし、テーブルが私の理屈を建設的に解釈したらの話だ。問答無用で焼き殺す可能性もある。だから、これは賭けだった。
『内務規定により、懲罰房の優先を確認しました。これより第三五六番を本階の懲罰房へ転送します』
いきなり周りの光景ががらりと変わった。
まっくらで、物音一つしない。焼け死にそうな熱さは消えた反面、状況がさっぱりつかめない。
「痛いっ!」
右手の甲をおそったそれは、針でさしたようなハサミで切られたような感触だった。
思わず左手ではたくと、なにかが当たった。きちきちきち、と鳴き声めいたものまで聞こえる。鳥や獣じゃない。
『残り十』
また痛みが! 今度は首筋。蚊を叩くように左手でびしゃっと打ったら、なにかがひしゃげた手ごたえがした。手のひらも微妙に湿っている。そこはかとなく青くさい。そして、かさかさぴくぴく動いている。
捨ててしまっては正体がはっきりしない。暗くてなにがなんだかわからないまま、こわごわつつきまわした。
バッタだ。たぶん。うしろ足が長いのと、羽根の具合で想像がつく。でも、どうして私に……。
三回目! 頬にへばりついたまま噛まれた! 結婚詐欺師にとって顔は命! ふざけるな!
怒りにまかせて顔からもぎとり、床に叩きつけてから踏み潰した。あらいやだ。他にやりようがないし、毒はなさそうだし。靴ははいてるし。
少なくとも一匹は減った。せいせいしながら両手をはたくと、袖におかしな感触がする。
ショックのあまり言葉もでないまま、ゆっくりと両手で両袖をなでた。似たような奴らがびっしりととりついている。
「ひいいっ!」
嫌だ嫌だ嫌だ! さっさと消えろ! 必死になって服をはたいていると、足首からズボンの裏側にもぞもぞ入ってくる。
もう体裁なんかどうでもいい。どうせ闇のなかだし私しかいないんだ。ズボンを脱いでふくらはぎからはたき落とした。と思ったらふくらはぎにも膝にもとりついてきた。しまいには全身に。
苦しまぎれにごろごろ転がったものの、大して効きめはなかった。ずっと続けるのも無理だ。
ところかまわず噛みつかれ、生傷だらけになった私の自制心はついに限界に達した。
「イヤーッ!」
叫んだ直後、きゅうに明るくなった。あちこちで小さな火花が空中に浮かんでいる……いや、そうじゃない。燃えている。無数のバッタが燃えながら床に落ちている。
気が遠くなった。
また夢を見た。母に絵本を読んでもらう夢を。しかし、今回はまた異なる内容だった。
『お化けにわざと噛みつかれた女の子は、自分から流れた血でお化けを燃やしました』
稚拙な絵に比べて、母の読み聞かせはとても滑らかでよく理解できた。
『悪運だけでは思うように生きられないわ。身を守る手だてがいるのよ』
母はそうも語っていた。
「おいっ、しっかりしろ!」
「え……?」
「とりあえず逃げるぞ!」
ガッと腕をつかまれて、はっきり目がさめた。
「リバーガ!」
あ、いけない。思わず呼び捨て。
「あちちち!」
リバーガはあわてて手をはなした。指先が、かすかに赤くなっている。
私の方こそ驚いた。だいいち、自分の身体を見回してもかすり傷一つ残ってない。




