一、親の仇にようやく! でも、あと一歩というところで……。 三
こんな話を始めたら、出席者が困惑してざわざわするのが当たり前だろう。にもかかわらず、全員が落ちつきはらっている。いや、大きくうなずく人すらいる。
「わ、わ、私は、最初は抗議し、しました。でも、で、でも、トピア嬢の肖像画を知り合いの貴族達に送って、と、問い合わせたら、ある貴族とつきあいのある商人が証言しました。その商人の息子が、よその国で、け、結婚詐欺に、や、やられたと」
それを最初から知っていたということは……この発表会自体が……。
「そ、そうなってもまだ、私はト、トピア嬢を信じていました。で、でも、このパーティーの下働きや、し、司会を、トピア嬢が自分で、手配するといいだして、私が乾杯のときに飲むワインまでトピア嬢が決めたので、あ、兄上達が別個に調べたのです」
「そういことです、皆さん」
三男よりはるかに堂々とした声が背後から轟き、舞台に長男が現れた。少し遅れて次男も。長男は三十代になったばかり、次男は二十代の末頃。いずれも三男より少しだけ地味な礼服姿で、にもかかわらず立派な押しだしを感じさせた。長男の方が少し筋肉質で、次男は痩せて鋭い目つきをしている。
そして、長男はワインのビンを右手に持っていた。
「まさにこのワインこそ、末弟サイゾが今回飲むはずだったものです。しかし、注意して観察すれば栓に小さな針穴が開いているのがわかります」
そこで、次男はビンに軽く手をかざした。ビンは青白く輝き、小さな妖精がとつぜん現れた。
「去勢の毒が入っている!」
妖精はそう告げて消えた。鋭く甲高い声音が、いつまでも耳に残った。
「トピア嬢、結婚契約書には『サイゾが夫としての義務を遂行できないとすみやかに離婚』とあったな?」
長男からいきなり話をふられ、不覚にも私は顔をひきつらせた。
「はい……」
「この毒でサイゾが不能になれば、まさに義務が遂行できなくなるな?」
「……」
そして相談のために必ず公爵が私と顔を合わせるようもっていく。彼が飲むワインには、不能どころかたちまちあの世へいく毒をしこんでおく。などといった筋書きは、私の頭の中で音をたてんばかりに崩れさった。
「この席で我々が雇った人間は、全てお前の仲間だ。どのワインになにを混ぜるかも計画ずみだ。お前はなにくわぬ顔でサイゾの人生を台なしにし、あまつさえ我々の財産を奪うつもりだったということだ」
長男に詰めよられて、ぐうの音もでない。
「では、皆さん。そろそろいいでしょう」
長男の呼びかけに応じ、参加者が示し合わせたように自分の顔に手をかけた。べりべりべり、とそこかしこで顔がはがれる音がする。変装用の張りぼてが。
新しくでてきた顔の一割くらいは、見覚えがあった。私がだましてきた男どもだ。
残り八割は、知らずとも察しがつく。なにをいうでもなく、手近なボーイやメイドをかたっぱしから捕まえ始めた。司会も例外ではない。逃げたくとも会場は閉めきられていた。
「ト、トピア嬢……ぼ、ぼく、本当に、本当にあ、あなたが……」
「そこまでだ、サイゾ。さあ、観念してもらおう」
長男が顎をしゃくると、参加者に化けていた衛兵が二人舞台にあがって私を拘束した。公爵は、とっくに妻を伴い貴賓席から姿を消していた。
それから半年。
「……よって被告をオーゲン私設刑務所における特別懲役刑に処す」
四角四面な法廷のなか、判事が小槌で判決台を叩いた。彼の背後には、私の上半身くらいな大きさの肖像画が飾ってある。いわずとしれたトローク公爵。私が逮捕されたパーティーのときと同じ格好だ。
オーゲン私設刑務所。少しだけ聞いたことがある。国一番の大商人、オーゲン商会が『気の毒な境遇にある人々の社会復帰を支えるべく、自社の利益を還元して運営する』施設だそうだ。結構なキャッチフレーズだけど、入ってからでてきた囚人の話は聞かない。いずれにせよオーゲンがトローク公爵の御用商人なのは、この国の人間なら誰でも知っている。