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三、恐怖のデスゲーム開幕! でも、イケメンのムショ仲間ができましてよ。 四

 不安と痛みでまともな返事ができない。どこかで聞いたことがありそうだけど、刑務所の規則や脱出のことで私の頭はいっぱいになっている。


「大丈夫かって聞いてんだ。看守かお前?」


 少し口調が荒っぽくなった。思いどおりにならないとすぐ怒りだす性格のようだ。


「ちょっと……痛くて動けませんの」


 こう見えても元は貴族……最下級だけど……だし、はるかに格上の貴族やお金持ち相手に結婚詐欺をしていた。だから、いくらでもお上品なふりができる。


「待ってろ」

「はい」


 声に合わせて、寝返りを打つように仰向けになった。そうしないと相手がわからない。相変わらず頬が割れそうにうずくのでかなりきつい。演技ではなく、本当に治療して欲しいくらいだ。


 ぬうっと現れたのは、声に相応しく背の高い殿方だった。黒い髪をしていて、なんとなく穏やかな農家に思える。さっきのいらだった尋ねかたからして、ギャップにだまされる人がいるかもしれない。農家風の顔つきにふさわしく、かすかに夏みかんの香りがした。ああ、新鮮な夏みかんの冷たいジュースを飲みたい。サイゾもこれくらいかっこよかったら、ちょっとは本気でおつきあいしてあげてもよかったのに。


 さしあたり大事なのは夏みかんではない。彼が私と同じ仕たての服を身につけていることだ。つまりムショ仲間。


「転んだのか?」

「そうなんです……顔を打ってしまって」


 恥ずかしそうに顔をそむけるふりをした。


「助けてやりたいが、ご覧のとおり手がだせない。せめて見張りくらいはしてやろう」

「見張り……?」


 どちらかというと、誰かに彼自身を見張ってほしい。


「そうだ。看守に捕まったら懲罰房いきだからな」


 それは私も聞かされている。


「で、足は無事なのか?」

「はい」


 じっさい、いつまでもこうしていたって有害無益だ。


「うううっ……」


 けなげな様子をそこはかとなく表現しながら、まっすぐたち直した。


「よし。じゃあ、俺のジッパーを開けてくれよ」

「ジッパー……?」


 背中をむけた彼の囚人服には、やはりジッパーがついている。もっとも、本人がたっている限り私の頭より高い位置にあった。


「やりにくかったら座ってやるよ」

「あのう……私も手が使えませんの」

「だから口でやるんだろ」


 それ以外にしようがないとはいえ、こんな即物的な会話はここ十年近く想像もできない世界にいた。


「で、でも………」

「あのな、とにかく手が使えなきゃ話にならねえんだぞ」

「そ、それなら……せめて、私の方から先にお願いできませんの?」


 相手の身体が自由になったところで、女の私はなにをされるかわかったものじゃない。


「それで逃げられたら俺はどうなるんだよ」


 なんだかさっきと似たような展開になりつつある。もっとも、堂々めぐりにするつもりはない。


「どのみち私の足ならすぐ追いつけますわよ」


 知るか、といいたくなるのを飲みこんで説得につとめる。


 殿方は、しばらく黙った。お互いに協力しあえば状況ははるかによくなる。でも、疑心暗鬼にかられて決断がつかない。


 そんな時間がなにがしかすぎたあと、また別な足音がかすかに耳に届いた。


「まずいっ……看守だ」

「ど、どうしてわかりますの?」

「歩幅と音の具合でだ。早く俺を自由にしろ。この階は大して隠れる場所がない」


 せっぱつまった様子は、嘘ではなさそう。そういえば、ほかに牢屋からでられた囚人はいなさそうだ。


「じゃあ、やっぱり私から自由にしてくださいませ」

「おいっ、話を聞いて……」

「私は顔を打っていますし、よけいな時間がかかるのは明らかでしょう? 顎の力もあなたの方がはるかにお強いはずですわ」

「ちっ。裏切ったら承知しねぇぞ。うしろをむけ」


 口を閉じたまま従うと、かすかにガリッという音がした。すぐにジッパーが下がる音がする。


 下着があるとはいえ、半裸に近い格好なのは恥ずかしくてたまらない。まして殿方の囚人にじろじろした視線にさらされるのは恥ですらある。それでも耐えねばならない。


 両腕が自由になると、囚人服の上半身は背中が割れたまま身体の前に垂れさがった。これはこれで動きにくくてしかたない。全部脱いだら頭からつま先まで下着だけの姿になる。それもいやだ。


「おい」


 ふりむくと、彼は私に背をさらして中腰になっていた。看守であろう足音はどんどん近づいてくる。

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