三、恐怖のデスゲーム開幕! でも、イケメンのムショ仲間ができましてよ。 三
さっそく棒の支柱を穴にとおし、目隠しにひっかけた。口のまわりがよだれまみれになり、頬はほこりだらけ。構っていられない。苦労したかいあって、すぽんとあっさり外れた。
牢屋は思ったより広い間どりで、床には本の見開きを大きく描いた絵がえがいてあった。
『こんな本につきあって社会人としての道を外してはならない 五六八二頁』
はっきり見えるように一文字一文字が光を放っている。ただし、目隠しごしに感知できるほどの明るさではなかった。別個に数百冊の本も散らばっているものの、それらをいちいちたしかめる余裕などないのは明らかだ。目隠しを外した道具は、背骨と肋骨だった。形からして人間だろう。本にまじって何本も転がっている。つま先だけだと、本と区別がつかなかっただろう。
天井は思ったより間近に迫っている。槍のような無数のトゲがびっしりとはえた天井が。
『残り十』
鉄格子の中央にはドアがはめてあり、一から九までの数字をならべたナンバーキーのプレートがつけあった。もう迷う必要はない。まだ腕は使えないものの、指でなぞるのと同じ要領で舌を使えばいい。
「ぶっ殺すぞこいつ!」
「あたしの台詞だよ!」
足だけで喧嘩を続ける先達を無視して、私はドアに近より舌を口からつきだした。五、六、八、二。ガチャンと音をたてて鉄格子の出入口が開いた。天井をちらちら見つつ、さっさと牢屋をでた。とたんにドアが背後でひとりでに閉まり、安っぽいファンファーレが鳴った。
『おめでとうございます! 勝ちぬき確定! じゃあ、残る二人は社会から退場してくださいね』
「そ、そんな……!」
「いやだ! いやだーっ!」
ようやく喧嘩をやめた二人は、なぜか抱きあって天井に叫んだ。いまだに目隠しがついたままだった。
『残り三……二……一……ゼロ!』
「ぎゃーっ!」
二人が串刺しになる断末魔とともに、天井はとまった。二人分の血が廊下に流れでてくる。無残で悪趣味としか表現のしようがない。しかも、断末魔はここだけではなかった。そこかしこで、同じような悲鳴や怒号が廊下をたわめている。腕が自由なら、まさに耳をふさぎたくなる。
私が結婚詐欺をするのは、庶民を踏みつけている連中を餌食にしているという個人的な大義名分があった。その私でさえ、これはひどすぎる。
『これで予選はおしまいです。これからは、適応可能性所有者同士でご遠慮なく協力しあってくださいね。もう無能な人間に足をひっぱられずにすみますよ! あ、血は気にしなくていいですよ。当収容所が自慢する、自動洗浄魔法でサッとひとふき! 清潔で快適! ちなみに吊り天井のご提案は、公爵様のご長男・ご次男が共同で開発なさいました。公爵家万歳!』
さわやかな口調で毒々しい内容だった。
『一滴の汗が集まることで、社会をよりよく進める大河がうまれます。廊下にでられた皆さんは、最初の一滴を流されましたね。では、階段の守護者を倒してください。改めて、制限時間は三十です』
一方的な説明が終わると同時に、極端に静かになった。憤慨したり感傷にふけったりしている時間はない。所長のありがたいご説明がいやでも思いだされた。まさか、廊下の天井が落ちてくるわけじゃないだろう。それにしても、階段の守護者が何者なのかはっきりしたとして、両腕さえ使えないんじゃ勝ち目はない。
せめて、物がはっきり見えたら。そんなささやかな気持ちとは裏腹に、廊下は薄暗い。目はそんなに悪くない方だけど、二、三十歩ほど離れたものはぼんやりとしか見えない。できることといえば、足を動かすくらいだ。と思っていたら、うしろから足音が聞こえてきた。だんだん大きく響いてくる。
ま、まさか、階段の守護者……? 逃げたほうがいいの……?
相手が誰なのか明らかになるまで、私は足音から遠ざかるように走った。廊下の両脇には同じ間隔をたもって牢屋があったものの、相手をやりすごせなかったら袋のネズミだ。だから無視した。
足音は、暗闇の奥から続いてくる。私が逃げる気配を察してか、明らかに走っているのが聞きとれた。
「うっ!」
両腕が使えないまま足を動かし続けたせいでバランスが崩れた。転んだはずみでしたたかに頬を床にぶつけてしまう。
「痛い……うううっ……」
よく、物語なんかで殿方が殴りあいをする場面がある。あんなのは私にはぜったい無理。走っていたせいもあるけど、息が詰まってたつのもままならない。
「おーい、大丈夫か?」
のんきそうなほど穏やかな声が、逃げてきた方向から寄せられてきた。若い殿方だ。




