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3 魔女の家



 結局、騎士の連れていた馬に乗せて家まで連れてきた。鎧の騎士を馬上まで運ぶのは重労働だった。鎧を脱がせようにもやり方がわからないので泣く泣く重たい鎧ごと乗せた。

 馬は随分賢くて、馬銜が外れたままでもわたしの後ろをゆっくり従いてきた。生まれたときから人間に飼われていた動物には魔女の言葉は通じない。普段森の動物に語りかけるようにはいかなかったが、なんとか騎士と馬の暫くの安全と引き換えに働いてもらうことになった。


 わたしの家は森の奥深くにあって、崖を背にしている。壁や屋根には蔦が這っていて森と同化しつつある。石造りの塔と一体で、たぶん人間の目には奇妙に映ることだろう。歴代の魔女が好き勝手増築した結果らしい。わたしは気に入っている。

 まず長らく使っていない客間に騎士を放り込んだ。一応掃除はしてあるので、怪我人を置いておいても大丈夫のはずだ。馬の背から下ろすときに衝撃があったはずだが文句も言わずに寝ている。この調子ならしばらく起きないだろう。

 馬の付けていた装備を全部(苦労しながら)外して、代わりにまじないの掛かった紐を首に巻いてやった。

「これでお前がわたしと縁付いているとわかるから、森の中では危ない目に遭わないでしょう」

 伝わったのか伝わっていないのか、黒い軍馬はゆっくりと広い庭へ歩いていった。よく手入れされた毛並みが艶々に光っている。しばらく馬の歩容を眺めていたが、彼がすこぶる健康だということしかわからなかった。

 馬の世話が終わってしまったので、客間に置いた厄介ごとを片付けなければならない。動物の世話は、彼らの協力を得るために怪我や病気を治したりするから慣れているが人間には直に見ることすら初めてだった。勉強したのでどんな生き物なのかはわかるが、それだって確かな知識ではない。

 しかし、やってみるしかない。暗い森を守るために、偶然手に入れたこの騎士を無駄にしてはいけない。森が私に囁くのだ、その人間を利用して炎や鉄の刃を使って森を拓こうとする薄汚い生き物を追い払えと……。

 この森は人間に好意的ではない。歴代の暗い森の魔女たちもそうだった。何度も付け火をされ、その度に手酷く追い返したという記憶が人間たちに強い隔意を生み出している。その力がないというだけの理由で、近くの国を滅ぼしていないだけだ。

 この森は滅多なことでは人間に恵みをやったりしないし、優しく接してやることもない。そのせいで人間は暗い森を躍起になって開拓しようとするという嫌な循環がずっと続いている。そのことには森自身も気づいているが、今更憎むことを辞めるのはできない。森は、その場の動物や植物が寄り集まってできている。だから、その中の一つ一つの生き物の総意が森の意志なのだ。人間を憎む者たちが圧倒的多数を占めるこの森では、たとえ人間が森を焼くのを防ぐためであろうと、見せかけだろうと人間に優しくしてやることはできない。

 魔女の行動はほとんど自意識ではない。第一に優先するべきはいつでも聞こえてくる暗い森の意志。森の意志を実行するために魔女が存在しているのだから、他のことは二の次だ。

 たとえ私がこの騎士を放り出したくても、森がこれを利用しろと言うのなら従わなければ。

 そうでなければ、失敗作の魔女は廃棄されて森の肥やしになるだろう。


 気絶している騎士の顔を眺める。鼻に詰め物をしたので少々間抜けだが、それを差し引いても精悍と言って良い。夢で見たあの騎士だ。

 正規の騎士のための鎧を着けているので寝心地はすこぶる悪いだろう。鉄の服を着るなんて人間は妙なことをするものだ。森の中ではみんな毛皮を着ている。

 騎士の処遇について考えていると、彼がようやく身動ぎをした。

 怖くなったので昏睡の魔法を使って、もう3時間ほど寝てもらうことにした。

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