八雲を抜けて
ちょっと捻くれ者な彼女の話。
穿った見方をする人だけが、捻くれている訳じゃないでしょう?
「八雲をぶち抜かないと、本音で語ることさえ出来ない」
彼女は死んだ目でそう吐き捨てた。
此処は喫茶店。物静かと言えば聞こえは良いが、率直に言えば閑古鳥が鳴いている状態。実際、僕ら以外に客はおらず、マスターも黙ってグラスを磨いている。
「君はなかなか捻くれているからね」
「今更?」
ストローを弄びながら、軽蔑した視線を投げ掛ける。本性さえ見抜けぬ人間を嘲笑っているようだった。僕は苦笑いを浮かべると、小首を傾げた。その仕草が気に入らなかったのか、視線はより冷めたものとなる。
人前の彼女は品行方正。気を悪くしても絶対に表に出さない。一番気分の高低が出やすい声だって、平常時と同じトーンで話す。でもそれは彼女の心が分厚い殻で覆われているからだ。理性と言う名の枷。彼女を彼女たらしめるもの。
「それでも、人を巻き込まない。出来うる限り良い子でいようする。その心意気はなかなか高潔だよ」
僕がそう言うと、また死んだ目でココアを啜った。行儀悪く頬杖を付き、気だるげな表情を浮かべた彼女は、浅い付き合いの人ならば別人と思うことだろう。
「君、崖から落ちそうになって、助けようと手首掴まれたら、暴れるタイプだろ? あんたまで落ちる必要なんかない。落ちるのはあたしだけで良いって。優しいんだよね。本当は」
僕が笑うと、罰が悪そうに目を逸らした。捻くれ者故に、生粋の好意には弱いのだ。下心ばかりの世界で自らを守るために作られた仮面。その下をちらりと覗くと、本来の繊細な一面が垣間見える。やはり、性根は腐っちゃいない。
「うるさいな。手首刺して無理矢理離させるよ」
「ほら、そう言うところ」
多少自分が悪者になっても、当て馬になっても、文句一つ垂れない。それで世界が円滑に回るならば、喜んで石を投げられる。そうやって自分を殺し続けた成れの果て、それが彼女だ。
..............もっと奔放に生きても生きても咎めやしないのに、彼女の理性が、仮面が、八雲が、それを拒む。
「あんただって、有象無象の一人になっちゃえばいい。そうすれば」
「苦しく無かったのに? 残念。君がいくら拒んでも、僕は手を離さないよ」
そう言って、彼女の指に僕のものを絡ませた。何があっても離れないように。君が落ちるなら僕も一緒に落ちてやる。
本質的な意味でお人好しです。だから利用されてると分かっても、ほっとけないし、我慢しちゃう。(日本人多いよね.......)
でもそんな彼女の苦しみを分かってくれる人がいるから、まだ真っ直ぐなままなのです。