8 ペットとslave
ショッピングモールを半ば逃げ出してきた星魔達は帰路についていたのが、誰も会話をしようというものはいなかった、出来なかったという方が適切だろう。
星魔は落石の件を考え、優子は人為的に落とされた理由を考え、ヴィスカと言えば、行きにも見渡していたであろう風景を再度確認しながら、今度は星魔や優子たちを意識しながら必死について行った。
何度見てもこの世界の情景はヴィスカからすれば奇怪で好奇心をくすぐられるその場にあるものすべてが猫じゃらしかのように。
だがその時のヴィスカは怪訝な顔をしていただろう、歩道から車道を挟み逆側の歩道を歩くその人の手に掴まれている縄、いやヴィスカには鎖にさえ見えたのではないだろうか、その先につながれたものその存在が彼女にとっては許容できない物だった。
「あれは・・・」
会話一つなかった場には、小さくつぶやいた彼女の声さえ聞こえてきてしまうほど静まり返っていたことを感じさせる。
「ん?」
思案に一休憩入れていた星魔が反応し、彼女が見ていた矛先を見据えた。
そこには何の変哲もない、よく見慣れた光景、犬と共に散歩に出かけるただそれだけのことだった。
「あれは奴隷ですか?」
好奇心により発せられた言葉を聞き、星魔と優子は顔を見合わせヴィスカの方向へ向きなおした。
彼女の生涯にはペットと呼ばれる存在がないのだ、リードの先についた首輪に隷属している獣、飼い主に逆らえない絶対服従の印をただただ見つめていた。
たが星魔達もその発言をよしとはしなかった、最近では心無い飼い主も存在するが、ペットは奴隷ではなく、家族なのだ。
「あれは、奴隷などではなく、ペットと呼ばれる、家族同然の存在なのだ、決して無理に歩かせているわけではない、ほら尻尾を見てみろ、尻尾を振っているのは喜んでいる証拠だ」
実際リードにつながれながら散歩をしている犬はごきげんで、尻尾をせわしなく揺らしながら飼い主の元について行っている。
「ならばなぜ、鎖を繋いでいるのでしょうか」
彼女の口から紡がれた言葉に反論するのはたやすいことだった、繋いでなければ逃げてしまう、それに仮についてきたとしても、暴れて他人に危害を与えてしまうこともある、安全性を考えればリードにつなぐことが一番だと。
だがそれを口にしようとした途端星魔は言い淀んだ、それでは奴隷と一緒なのではないだろうか。
奴隷という存在を目の当たりにしたことがないのは明らかだが、実際に奴隷がいたとすればああいった扱いをされていてもおかしくはないのではと、ヴィスカという存在に価値観に行動に星魔は疑問を抱くばかりだった。
帰ってきた星魔達は優子と別れ、自宅へと戻ってきていた。
そこに丁度鉢合わせる理恵、どうやら実家から帰ってきたようだった。
「可愛いお洋服は買えたかしら?」
ヴィスカのパーカー姿を見て満面の笑みを浮かべる理恵。
「はい、優子様に選んでいただきました!」
「そう、後でしっかり優子ちゃんにお礼を言ってあげなくちゃね」
「はい!」
落石のことを忘れたかのようなヴィスカ、あの事件はあんなこと程度なのかもしれない。
「母様、自分は疲れたので自室で休ませてもらいます」
「あら、そう」
先ほどから浮かない顔の星魔に対して、理恵は何も追求しなかった。
黙々と家に入り自室へと星魔は戻っていった。
「ふう」
ベットに腰掛ける星魔からは虚無感さえも感じられた、ヴィスカが無事戻ってきた、それだけで十分、そう思いながらも、今日の出来事が頭の片隅から離れない、彼女の身体能力の高さに今日一日中驚かされっぱなしだった。
車が段ボールで、岩石が発泡スチロールだったのではないか、それ以外に考えられない、だがしかし彼女の運動神経は確かだ、ルーン・バスターから距離を取る際あの跳躍、エスカレーターから降りるときもそうだ、そしてあのガラの悪い男性を突き飛ばした時。
彼女は紛れもなく異世界人なのだ。
現実を望んでいなかった少年が、現実に出くわした時、それはUMAやUFO、宇宙人と出くわした時のような未知との遭遇、彼は望んできたものが望んではいけない物なのではなかったのかと・・・
星魔は思考をやめ、深い眠りについた。
まただ。
この時そう思ったのは一度見たことのある光景だったからだろう。
そう茜に突き飛ばされた時に一度見た。
またも知らない景色の知らない記憶。
だが、その記憶は前回の物とはまるで違った。
幾重にも重なる幾何学的な文様。
それを囲む多くの人々...いや、人型をした・・・魔物?
世間一般的?と言い難いがそれは魔族と呼ばれる物達では無いのだろうか?
星魔はそう思いながらも、幾何学的な文様に目と心さえも奪われてしまっていた。
星魔はベットに横になっていた体を無理やり起こしたその時。
頭に鉄球をぶち当てられたのではないかと思うくらいひどく重く残る激痛に苛まれた。
「うっ!?」
「いてっ!」
酷く情けない声が2つ部屋中に響き渡る。
「お、王子、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
「王子が中々自室から戻って来られなかったので心配になり様子を見に来たのですが、起こしてしまいましたか?」
「大丈夫、少し疲れただけだ」
今も響く鈍痛でヴィスカが何を言っているのか曖昧なのだが、心配してくれているただそれだけはわかった。
「今日の一件なのですが」
ヴィスカは口惜しそうにそういうと。
「あ、ありがとうございました、買い物に連れて行っていただき」
含みのこもった声音でヴィスカは言った。
「言ったであろう、呼び出したのは我だ、何もヴィスカがあんずることはない、ただ・・・」
星魔は口を開くことができなかった、ヴィスカを元の世界に返す、ただそれだけの言葉が。
本当に返せるのだろうか、呼び出した方法も今では思い出せないというのに、星魔の良心に蜷局を巻く蛇が喉元までもを締め付ける。
「ただ?」
ヴィスカは聞きたかった星魔が発しようとしたその一言を、ただの興味本位だった、だが星魔の顔色は徐々に悪くなっていく、私はどうすればいいのだろう、彼と自分の間には、それを知るだけの距離がまだまだ足りなかった。
「コンコンッ」
口で紡がれたそのノック音は扉の近くにいた理恵から発せられた言葉で。
「星ちゃん、人間が想像できることは、人間が必ず実現できる、昔言ったでしょ?」
◇◇◇
まだそれは、星魔と茜が中学生時代の頃。
「2人は将来何になりたいの?」
突如として理恵の口から向けられた言葉に2人は少し考え。
「我は魔法使いかな」
星魔はこの頃から異才を放っていたようで、即答する星魔に。
「バカじゃないの! そんなのなれっこない!」
茜が叱責するような口調で言う。
「そうねぇ、魔法使いになれるわけないって普通なら思うわよね?」
「当たり前じゃないお母さん」
「私はそうは思わないの、研究という言葉がある限り、絶対に不可能なんてことはないの、新しい病気が流行ればそれに対しての薬が作られる、空を飛びたいと思ったライト兄弟だから空も飛べたし、宇宙に行きたいと思ったからロケットだってできたの、魔法が使いたいと思えばきっと、魔法が使える世界が出来てもおかしくは無いはずよ」
これはただの詭弁かも知れない、ただ子供達の将来の芽を潰したくないという親のエゴかも知れない。
だが理恵の言葉はきっと星魔の心底まで降り注ぎ少しづつ積もっていった物なのかも知れない。
「2人とも知ってる? ジュール・ヴェルヌっていう人の言葉」
2人は否定の意味を込めて首を振った。
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる! お母さんこの言葉が凄く好きでね、でも忘れないでおいて欲しいことがあるの、その実現は100%じゃ無くてもいい、自分を責めず30%でも自分を褒めてあげて欲しいの、決して喜べないほどでも、きっといつか未来にやっておいてよかったって、思える日が来るわ、だから今思い描く自分の夢を無下にしないであげて」
そう言った理恵は星魔と茜を強く抱きしめ。
「あなた達が思い描く未来に私も一緒にいてあげたいわ」
それが理恵の未来への希望だった。
◇◇◇
「ふふふ、はーっはっはっは!」
気でも触れたかのように突然大声で笑いだす星魔、茜がこの場にいなくて本当によかった。
「どうしたのですか王子!」
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる! かの偉大なジュール・ヴェルヌの名言よ! そうだ、我がヴィスカを呼び出したのだ、ならばきっと、いや必ずや、ヴィスカを元の世界へ返せる日がこようとも!何を弱気になっていたのだ! 十年、百年、いや千年かかろうとも、我はヴィスカを元の世界に戻して見せる! だから、黙って我についてこいヴィスカよ!」
何の確証もなかった、ただただ彼女をこの世界に縛り付けてしまうことが怖かった。
だが、やらなければ始まらない、きっと彼女も元の世界に帰りたいはずだ、だがそれを表に出さずに必死に耐えてくれているのではないだろうか、それなのになぜ自分が、自分だけが弱気になれるのだろうか、何も試していない今の内から、彼の脳内にはもはや迷いはなかった、彼女を元の世界に返すこと、それが彼の目標となった。
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