19 不甲斐なさ
今日は理恵お手製の可愛らしいお弁当を持参したヴィスカは色とりどりのおかずを1つ1つ吟味していた、理恵が作っているから心配ご無用なのだが、それでもこれは剣士のさがなのかおかずの顔色を窺っているかのようだった。
お弁当を食べ終え雑談タイムに入る星魔、優子、ヴィスカの3人。
「そういえば今日茜姉も来ないし、修也も来ないけど生徒会だっけ?」
「ああ、そういえば5月にはイベントがあるし、4月は入学式やらなんやらで忙しかったから今やらなきゃいけない資料があるとか何とか言ってたな、昨日の放課後仕事が入って、てんてこまいだとか」
ヴィスカは内容を理解しているのかいないのかただただ相槌を打っていた。
「ちょっとトイレ」
「いってらっしゃい」
「お供します!」
男子トイレに行くにも関わらずヴィスカがついてくると言っている、まぁいかなる時も王子と共にを信条にしているようなヴィスカをここで拒むのも悪い気がするし流石にトイレの中までは入っては来ないだろうと思い。
「ああ、ともに参ろうぞ更なる高みへ!」と高らかに宣言してトイレへと赴く星魔だったのだが、よくよく考えればトイレは1年1組の教室を出てすぐ右側、別についてくる必要はないのだが、ああそうかヴィスカもお花を摘みに行ったのだなとたかをくくり、小便器の前に立ったところで後ろから徐に「うわっ」と男子生徒が何かに驚いた声が聞こえ振り向けばそこにはやはりヴィスカがいた!
「あ、ちょ、ちょ!」
まるで愛の逃避行トイレの中で? ヴィスカの手を引きただの退こうに走りトイレの外までやってくるとヴィスカは何事かと言わんばかりの顔でこちらを見つめていたので。
「あ、あのな、普通の一般家庭にはないんだが、こういったみんなが使う公共の場のトイレは基本的に男女別々なんだ、だから男子トイレに女子がいると色々とまずいことが起こるんだここまでいいか?」
未だはてなを瞳の中に宿しながら星魔の話を聞いているヴィスカは何となく話を理解したようで。
「わ、分かりました、ですがなるべく私は星魔様と茜様のおそばに仕えていなければなりません、それが私の使命ですので」
その使命を課したのは一体誰なのか問いただす気になれない星魔、いや本当は分かっているのだ、この状況に追い込んだ張本人は星魔自分自身なのだから。
彼女の澄んだ瞳には一線の迷いもなく気高くも美しく感じられた、但しこの場がトイレの前だということを除かなければならないのだが。
◇◇◇
トイレ事件の次の日の朝、星魔が寝巻のまま自室から1階のリビングへと赴けば、いつもの日課である庭の見回りと朝食を済ませ、テレビの中の綺麗なアナウンサーとのドッチボール的会話をしているヴィスカがこちらに気づき、いつもの元気な「おはようございます」を朝日に負けないぐらいの輝かしい笑顔で出迎えてくれた。
それに朝特有のローテンションで「ああ」と返す星魔に朝食を食べるように促す理恵。
「近々、礼君と雅美ちゃんの婚約記念を兼ねた召王家と仕道家の親睦会があるから忘れないでね」
「うん」
礼一の結婚が嬉しい反面悲しい理恵が難しい顔をしながら何の料理を作ろうかと携帯端末に映し出されたレシピを見ながら唸っていた。
「それにしても礼君が結婚かぁ・・・」
「母さんたちの結婚のときはどんなだったの?プロポーズの言葉とか」
「うーん、確か【君を幸せにするまで俺は死ねない】だったかな? って言わせないでよ恥ずかしい!」
親子似た者同士と言ったところだろうかキッチンの前で蠅でもいるのか顔の前で手を払う理恵、ただ単にテレを隠していると星魔の寝起きの頭では理解できなかった。
プロポーズと言う単語に集ってくる1匹のヴィスカはこれまた笑顔に張り付いた朝日をそのまま眼に宿し理恵の惚気を聞きに来た。
「殿下との馴れ初めは一体どのような物だったのですか?」
「そうねぇ、何に対しても不器用で、掴み所のない人だったわね。でもある時私がナンパ師に引っかかっちゃってて、それを何も言わずに手を引いて助けてくれた時、この人なんだろうなって、ビビッと来ちゃった」
また理恵は恥ずかしさゆえなのか今度は身体を揺すり当時のことを思い出していた、可愛いおけつがぷりぷりと揺れていた。
「さすが殿下男気がありますね」
「パパは世界一かっこいいんだから」
まるで自分のことのように自慢する理恵は乙女だった。
「ヴィスカそろそろ学校へ行くぞ」
「はい!」
理恵ののろけを話半分で聞いていた星魔は着々と準備を進めていた。
「それでは行って参ります」
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
召王家の門を出て優子と合流し3人は学校へ向かうのだった。
◇◇◇
授業を右から左へと聞き流し、3時限目も終盤。そこに轟く魔物の嘶き
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ」
星魔はあたりを見渡し、果ては窓から見える校庭を見下ろし、魔物の嘶きの発信源を探った、そして左端に見切れる1人の少女が頬を赤らめお腹を押さえているのが見て取れた。
クラス中のものがひそひそと会話をしている中教壇に立つ先生がゴホンと咳払い1つをして辺りは沈静化された。
次に教室内へとチャイムが轟き、先生が教室外へと出ていったかと思えば、みな思い思いの昼食を手に持ちヴィスカの元へ集まった。
まるで傘地蔵のお供え物のようにヴィスカの机の上に天高く積まれたお菓子やら惣菜パン。最後の1人、男子生徒が「わかるぜ、昼まで持たないよな」と言い残しクールに去っていった、空気の読める男はこれだから困る。
ヴィスカは突如立ち上がり、「皆さま、ありがとうございます!」大声を張り上げ頭を下げればクラス中がみな様々な返答をしていた。
それからというもの10分という時間を最大限に活用しどこかの戦闘民族はたまた海賊王志望の少年よろしくこれでもかと言うほどにお供え物を食べていた、途中星魔が飲み物を買ってきて礼を言おうとしたのだがそれを遮り「時間がない、早く食べねば」ヴィスカは黙々と食らいつくのだった。
四次元ポケット顔負けの胃袋にみるみる収まり食べ終わったころにタイミングよくチャイムが鳴り、クラス中に今度は「おお~!」と歓声が上がったかと思えば、ちょうどクラスに入ってきた先生が「ど、どうした?」と素っ頓狂な顔をしていた。
学校が終わり、共に家へと帰ってきた3人はいつも門の前で別れるのだがなにやら理恵に話すことがあると言い優子が家までついてきた。
家に着くなり理恵のところまで優子は赴き、2人だけの内緒話を始めたのであった。
あらかた今日のヴィスカのことだろう、理恵は深刻そうな顔で頷き、「話してくれてありがとう」と礼を言うが、「いえ、報告だけは」と言い召王家を後にするのだった。
キッチンに立っていた理恵がリビングでテレビを見ているヴィスカに対して話しかけた。
「ヴィスカちゃん今日の学校はどうだった?」
「どう? ですか・・・ 別にこれと言っては・・・?」
質問してきたのだから何か意図があるはずなのだがその意図をつかめぬままヴィスカは返答した。
「今日お腹を空かせてたらしいじゃない?」
「あ」
「私もよく考えるべきだったわ、そうよね毎日あれだけ見回りして、あんなに重い剣を振っているのだもの、常人の3倍はよく食べるわよね、ただでさえ成長期真っただ中なのに、ごめんなさいね気づいてあげられなくて」
理恵は心底思いつめた顔をしていた、だがしばらくしてよし! と言う掛け声とともに「星ちゃんクラスのグループラインあったわよね? 明日のお昼はみんな持参しなくていいって伝えておいて頂戴、私今からお買い物行ってくるからお夕飯少し遅れるかもしれないけどちょっと待っててね」理恵はそう言うと車を走らせ何処かへ行ってしまった。
これから一体なにが始まろうと言うのか?
買い物から帰ってきた理恵の車にはもちろん大量の食材が積まれてあり、それを床下の貯蔵庫に入れて置いてと頼まれた星魔とヴィスカは何往復もかけやっと運び終え、理恵が同時進行で作っていた炒飯が出来上がったのだが明らか山、いやエベレスト級に盛られた炒飯が異彩を放っていた。
「これぐらいで足りるかしら?」
「お、多すぎるかもしれませんが食べられる事には食べられそうです・・・」
「育ち盛りなんだからいっぱい食べなきゃ!」
食べている途中に帰ってきた茜は富士盛り程度までに減った炒飯を見て「ヴィスカちゃんよく食べるね」と微笑みながら言うが、全てを知っている星魔が
「最初はこの3倍はありましたぞ姉上」
「さ、3倍って流石に話盛りすぎじゃ・・・」
「話ではなく炒飯が盛ってあったのですけどね・・・」
この母ならやりかねない、理恵は基本常識人だが時々することが常軌を逸している時がある、だから茜はこれ以上言うのをやめた、実はこの母にこの息子ありとも思ったことがあったりなかったり。
そしてまた次の日の朝
学校に行く時には必ず渡されるお弁当が今日に限って渡されない、さてはママストライキが始まったのかとも思ったのだが、何やら大忙しで今までそんなフライパンをどこに隠し持っていたのかと思われるほどの大きな獲物を使って料理をしていた。
「お昼までには持って行くから、今日はお昼持たずに学校へ行ってきなさい」
「が、頑張って?」
無言で左腕を上げマッチョマンポーズを取る理恵にヴィスカは唖然としていた。
門の前までたどり着くといつもの如くそこには優子がいて。
「何で今日お昼いらないの? 今日なんかイベントあったっけ?」
「いやなんか昨日帰ってからすぐに材料の買い出しに行くとか言って、同時にクラスのグループラインに明日お昼は持参しなくていいって書いてと言われてだな・・・今朝は大きなフライパンをこれでもかってぐらい真剣に振ってたな、な?」
「はい、一生懸命何かを作っていましたね」
「まぁ理恵さんにも考えがあるんでしょ、お昼までには分かるんじゃない?」
そして長ったるい授業を終えお昼のチャイムが鳴るのと同時にクラス後方のドアが勢いよく開かれた。
「みんな待たせたわね!」
ヒーローは遅れてやってくる顔にそうとでも書いてあるかのような清々しい顔を見せ、礼一や雅美をお供として連れてきて、手には重箱のようなお弁当箱が合計30箱はあろうか。
「机を4つ組み合わせて頂戴皆!」
もはや誰なのかと質問をする者もいなく、クラス全員は一致団結素早く机をフォーマンセルに組み合わせた。
机の上に広げられたお弁当の数々、それは1箱1箱おかずの内容が違った。
「まさかこれ母上が全て?」
「えっへん! 皆お口に合うか分からないけどいっぱい食べてね!」
「合わなくても合わせてみせます! 皆星魔の母親の手作りだ! こんな機会もう二度とないかも知れないぞ! 心して味わおう!」
「おー!」
星魔の母親という単語により男女関係なく盛り上がるクラス内のボルテージはここが最高潮かのように思われたのだが、最後に来た人物。茜を見てメーターが壊れてしまいそうになる。
「お母さん何これどうしたの?」
「みんなに恩返ししようと思ってね」
「昨日ヴィスカちゃんがお世話になったって聞いて、いてもたってもいられなくなっちゃって」
理恵はただ、みんなに感謝の気持ちとヴィスカにいっぱい食べて欲しいという一心で持ってきたのだが。
彼女の心の中では霧が濃霧へと姿を変え、自分という存在の不甲斐なさを知らしめられているそんな気がしてならなかった。
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