17.5 ブードの1日
ヴィスカ転校初日この男はすることもなくただただ空を花粉と一緒に、いや雲一つない青空にまるで何物にも邪魔されず、臆することもなく宮沢賢治の言葉を借りると石ころのように胡麻つぶのように。
青だけが塗られたキャンパスに、異世界から来た自分を不純物とこの世界に拒絶されているかのように、ただあてもなく、だが悠々自適にそんなことはお構いなしとブードは空を一匹で支配していた。
何か目ぼしいものはないものか、まぁこの世界に興味のあるものと言えば茜様ただ1つなのだが、今茜様と共に居られないこの身体が憎い、魔法を使えば人に変身できるがあまり大っぴらにこの魔法を使いたくはない、あの方から教わった大切な大切なあの魔法。
星魔様には魔法は伝承という形を持たないと言ったがあれは老害魔物たちの受け売りで最近特に人にはそのような堅苦しい掟はない。
ならなぜ変身しないのかと問われれば、邪魔をしたくない。ただそれだけだ。
きっと彼女は俺が近くにいれば茜様自分自身のことを考えてしまうだろう。
そうなれば学校に通っている意味がなくなってしまう、それだけは避けなければならない、彼女はこの世界の住人なのだ、この地でやるべき使命を果たせるよう俺は身を引かなければならないこれが最善であることを信じて。
だがそれでも彼女のそばに居たいと思ってしまう自分の弱い心がどうしても許せない、あの方のそばに居たいと思ってももはや消息は不明だ、だったら彼女に・・・
ブードは自分の頭を振り、少し冷静になれるように木の上へと降り立つ。
いつどこにいても彼女のことしか考えられないこの不出来な肉塊が嫌になる、あの方との記憶で汚染された腐りきったこの肉塊が。
忘れてしまおうとしたことは幾度となくあったのだが、それでもあの方を忘れるという行為は自分の今までの生を無に帰すことと同意義だとこの感情を忘れまいと依り代ではない本当の自分の右腕に誓いを立てたこともあった。
「はぁ・・・」
俺はこの世界が嫌いだ。
嫌いで嫌いで嫌いだ、あの方との思い出が何1つとして残されていないこの世界では自分の存在意義を見失いそうになる、あの方との日々が俺にとっての全てだったのだ。
なぜここまで執着してしまっているのだろうか、高々いち魔物だったではないか、胸を締め付けられるようなこの思いはいつから始まっていつ終わりを告げてくれるのだろうか? 告げる日は来るのだろうか
腐った肉塊を駆け巡る細菌は細胞を食い散らかし穴だらけのものへと変形しているに違いない。
気づけばブードは木から降りあたりを散歩していた、目に意識を向けるとどうやら公園らしきところに来ていた。
ブードの進行方向には行く手を阻む魔物のようなもふもふの毛を蓄えた1匹のなにかがこちらへと歩いてきていた。向こうの世界では見知らぬ魔物と相対しても向こうがブードの圧に押され近寄うことはしてこなかった。
私と相対しているというのにおくびにも出さずにひるまずいるとはいい度胸ですね。まぁいい何か面白いものでもあればいいが。
もふもふの毛を蓄えた1匹のなにかはすれ違いそうになる瞬間シャッーーーーっとブードに対して声を上げる、それを無視するのは容易なことだったのだが、如何せん暇だったブードは虫の居所が悪かったのもあるせいなのか口を大きく縦に広げると、その奥には深淵から除く2つの紫の光源、そしてその深淵の中からわざと外れるように、もふもふの毛を蓄えた1匹のなにかの近くに弱い火球が着弾したかと思えば血相を変えて逃げ出していった。
何事もなかったかのように口を閉じ再び歩きはじめるブードの先に今度は5歳くらいだろうか人間の少女が木の下に立っていた、その方向からはなにやら咽び泣く声が聞こえてきた、無視してもよかったのだがなぜか興味を惹かれ気づけば少女の元まで歩みを進めてしまっていた。
「あ」
少女は近づいてきていたブードに気づき嗚咽交じりではあるが木の枝に絡まっている風船を指さした。
なんだそんなことか。
ブードは絡まった糸をくちばしで器用に使い外してやり、そのまま糸を咥え少女の元へと降り立った。
「ほら、今度は大事に持っていなさい」
「しゃ、しゃべった」
その途端、少女は口と同時に風船を受け取った手までをも広げてしまい。風船は天高く飛び去って行ってしまった。
またも泣き始めるだろうと思われた少女は、物珍しさに膝を折りブードの顔を覗き込む。
「お名前はなんて言うの?」
子供の好奇心は恐れを知らない、しゃべるカラスに物怖じ1つせずあまつさえ会話を試みようとしていた。
「うむ、我が名はブカディ・アルド、ブードと呼ぶように」
「ウガデ・アルト? 変な名前ー」
「なっ、貴様我を侮辱するきか!」
ブードは怒髪天さながらの勢いで初めて修也と出会った時同様、攻撃を繰り出しそうになるものの。
「でもスキー」
ブードは思わず身震いしてしまう少女が突然ハグをしてきたのだ。
ええい馴れ馴れしい、私を触ってよいのはあの方と茜様だけだ。
ブードはこちらの世界に来た時のことを考えていた。
戦地にいたときに耳にしたあの噂を俺は信じていたわけではない、あの方と最後に分かれるとき人間の元で少し暮らしてみるとどうやったらそんな思考に至るのか俺は不思議で不思議で仕方なかった、ああ、俺もついて行きたかったさ、でもあのお方は魔物の軍を率いるものがいなきゃいないわ、それはあなたの役目だったのではないですか? なぜ私に全て押し付けてどこかに行ってしまわれたのですか、私は私はあなたのことを。
「ゆきー! ゆきー!」
遠くから声がする。
「あ、ママ!」
今自分をハグしている少女が声を上げた。ブードは何も考えることなくまた天高く舞い上がった。
その大きくも黒い翼を天に羽ばたかさせ召王家へと帰って行くのだった。
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