07 魔導士、送り出される
「なんだあいつら。内輪揉めか?」
待合所がざわめく中、私はガルムと対峙する。
ガルムのほうが私より頭半分ほど背が高く、必然見下ろされる形になる。
「何で俺のものをお前に1つでも渡さなけりゃいけねぇんだ」
「少し借りるだけよ。もしかしたら永久になるかもしれないけど」
「旅なら1人で行け、腰抜け」
間抜けに腰抜け呼ばわりされるとは心外だわ。
……あと、どれくらい時間があるの。
「大体、レキがお前についていくかよ。なぁおい、お前は誰のものだ」
「…………ガルムさんの、ものです」
「“さん”だぁ? こういう時は“様”を付けるもんだろうがぁっ!」
「痛い、やめて! ごめんなさいガルム様、ごめんなさい! ボクはガルム様の従順なしもべです!」
頬を張られたレキが嗚咽を含んだ声で答えると、満足げに頷くガルム。
すっかり主人と奴隷という立場を受け入れてしまっている。
「こっちに来なさい、レキ」
「えっ……?」
「ガルム達に虐げられるのと、私と一緒に来るの、どっちがいい。考えるまでも無いんじゃないかしら」
「…………」
けれど、レキはその場から動かず気まずそうに視線を泳がせている。
どうしてすぐに動かないの。そこはさっと私のそばに移動するところでしょう。
その時、周囲の冒険者が。
「まるで自分は虐げたことが無いみたいな物言いだ」
「どっちもどっちじゃねえか。言葉がキツイ分ローザのが悪質まであるのに」
(ぐっ……なんでそうなるの!)
小一時間問い詰めたいところだったが、それより先に動いたのはガルムだった。
「レキ。お前、何ですぐに断らなかった」
「えっ……あの……!」
私の誘いを即座に断らなったことに対してだろう、獣のような低い声音で告げる。
「1から調教のやり直しだな。ざけやがって」
主従関係を叩き込もうと、石の固まりを彷彿させる拳が蒼白に染まったレキの顔に振り下ろされようとして。
「手を降ろしなさい」
私は翡翠色の魔力を灯した杖の先を、ガルムへ向ける。
早々何度も痛めつけさせてなるもんですか。
「てめぇ正気か?」
「ここ待合所ですよぉっ!」
殴る蹴るは良くて魔法を使っちゃ駄目なんて不公平だ。
ギルド内が一気に騒がしくなる中、私は攻撃魔法の発動準備を整えた。
「最初で最後の警告よ。レキから離れなさい」
「……ナメ腐りやがって。タダじゃ済まさねえ」
「交渉決裂ね。あなた達とじゃAランクが限界だったみたい」
「こんなところでやらかしたら、タダじゃ済まねえぞ」
「酒場で好き放題暴れてるヤツが言うセリフ? さよなら――《ウインド》」
躊躇なく私は風の刃を打ち出す。
ただし狙ったのは、もぞもぞと動き始めていた床に置いてある麻袋。
「ギィィィィィッ!」
袋の紐が切られ勢いよく飛び出したのは、もちろんゴブリンだ。
今まで閉じ込められていた鬱憤を晴らすがごとく、手近にいたガルムに飛び掛かる。
「なっ!? うおっ!」
その隙を逃さずに、私はレキの腕をつかんで引き寄せた。
「え!? あのっ!」
「いいから来なさい」
まだ戸惑っているのか足取りの重いレキを引きずるようにして、ギルドメンバーの間を潜り出口へ向かう。
「なんであいつらゴブリンなんか持ちこんでんだ!?」
「それより、ローザの奴がレキを助けたように見えるぞ」
「信じられねえ。血も涙も無かったはずじゃないのかよ」
ああもう。
別に助けてない、連れて行くだけよ。
「なんだこの騒ぎは? うおっ、どうしてゴブリンが!?」
その時、奥の扉からギルドマスターが姿を現した。
丁度いいと、私は声を張り上げる。
「マスター! 私とレキは少しの間、休暇を取るわ!」
「は、休暇!?」
「ええ、あれよ。その、ちょっと自分を見つめ直そうと思って」
いい理由が思いつかなったので、不本意ながら前の時間にマスターから言われたことをそのまま述べる。
「そ、そうか! わかってくれたか、ローザ!」
「やっと目を覚ましてくれたんですね……!」
何故か感極まった表情のマスターと、ついでに受付嬢まで目尻に涙を浮かべている。
「待てこら! ゴードン、早くこのクソゴブリンを引きはがせ! ん? な、なんだお前ら」
尚もゴブリンと格闘中のガルム達がこちらに迫ろうとするものの、その前に今まで見ているだけだったギルドメンバー達が立ち塞がった。
「こりゃ、黙ってるわけにはいかねえな」
「報復が怖くてぶるってたのが情けねえ。だが、もうやめだ」
「オレ達も目が覚めたぜ。みんな、力を合わせてローザとレキを送り出してやろうぜ!」
「邪魔すんじゃねえ、テメェらあっ!」
どういうわけか彼らがガルムを抑えてくれている。
(何を今さら……まあいいわ)
これ幸いと私はそのままギルドを飛び出――そうとしたところで1度、振り返る。
「ガルム! できるだけ早くここを離れたほうがいいわよ!」
あいつらへの情なんてハナから持ち合わせていない。
それでも私はそう叫んでいた。
返事はギルドメンバー達の垣根に呑まれて返ってくることはなかった。
「ローザさん……!」
レキまで何か言ってくるけど、私は腕をつかんだまま無視して通りを急ぐ。
この後はどうする。
借り部屋に戻っている余裕はあるのかしら。
その時、ぽつりと水の滴が頬を打った。
(嘘でしょ……雨が降ってきたわ)
前の時間でもあれからすぐに大雨になったけど、少し早いんじゃないかしら。
とにかく、どこか落ち着ける場所に行かないと。
◇◆◇◆
「――オラ邪魔だクソっ! おい、あいつらどっちに行った!」
「ハァハァ、駄目だ、見失った……!」
「ほんとどういうつもりなんですかねぇっ! 早く追っかけましょうよ!」
「ああ。だがマジで俺の奴隷なんか連れ去ってどういうつもりだ、ローザの奴」
「…………あ、あ、あの」
「あぁ? 誰だ、この女」
「うわっ。真っ黒なフードかぶって陰気臭そ……」
「何だ、俺らは今忙しいんだよ」
「あ、あの……もしかして、は、『鋼の黎明』の方ですか?」
「だったらどうした」
「す、少しお聞きしたいことが、あ、ありまして」
「後にしろ、忙しいって言ってんだろ」
「う、うう。こ、これ、あげますから」
「ん? うおっ、金貨が袋に詰まってるぜ!」
「マジで!? もらっちゃっていいんですかぁ!?」
「……つ、ついてきてお話を聞かせてくれたら、も、もっとあげます」
「おう、俺は行くぜ!」
「お、おい大丈夫か? さっきローザが言ってたのって――」
「ああ? フン、何かの罠だったら、この女ごとぶちのめして金を巻き上げりゃいいだけだろ」
「そうですよぉ。こんなチャンス滅多にありませんって!」
「うーむ……まぁ、お前らがいいなら、よ」
「よ、良かった。で、では、こちらへ」
――くすっ。