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06 魔導士、袂を分かつ

 崖の隣を歩いているようなおぼつかない足取りのまま、私はどうにか冒険者ギルドに向かった。


「ほらほら、視界が下がってきてますよぉ~。もっとしっかり踏ん張らないと、そんなだからいつまでもダメダメなんですよっ!」

「う……うう……」


 いつもパーティーが席を専有しているテーブルへ行くと、そこには『鋼の黎明』の顔ぶれ。そして私と同い年ほどの、亜麻色の髪に僧侶服姿の見知らぬ女がいた。


 備え付けの椅子があるにも関わらず、何故か四つん這いにさせたレキの上に腰を下ろしてふんぞり返る女。

 周囲の冒険者からは冷ややかな視線と共に「誰か止めてやれよ」「胸くそ悪い」といった小言が聞こえてくる。

 意味のわからない光景に、私も立ち尽くすしかない。


「来たな。ローザ」

「お前に言われた通り、アレは捕まえといたぜ」


 そんな状況を気にした素振りもなく、ガルムとゴードンの変わらぬ声が響く。

 傍には麻袋も置いてあった。

 マスターに直談判するため、私の到着を待っていたのだろう。


「あ、ローザ先ぱぁい! おはようございまぁーっす!」


 こちらに気付いた女も、一発でうざいとわかる声を張り上げて擦り寄ってきた。


「ちょうど今、このダメ荷物持ちで遊んでたところです! 名付けて“人間玉座”! 周りの連中が羨望の眼差しを送ってくるから、優越感がハンパないですよぉ~♪」


 そのまんまじゃないの。

 ……馴れ馴れしくヒトの名前呼ぶんじゃないわよ。こっちはそれどころじゃないのに。


「あなた誰?」

「へ? 先輩ひどっ! エミリーのこと忘れちゃったんですかぁ?」


 忘れたんじゃなくて、知らないのよ。


 いつまでも反応を返さないでいると、ガルムとゴードンが怪訝そうな顔で口を開いた。


「どうした? 2ヵ月前に入った治療役のエミリーだろうが」

「Sランクになったら薬代もったいなくなったからって、加入させたんだろ」

「……リヒトは?」

「? 誰だそれ」


 2人ともリヒトのことを全く覚えていない。

 道らやら呪縛は、本人の持ち物はおろか記憶にすら存在することを許さないらしい。

 お陰で過去が変わってしまったため、彼の代わりに、このエミリーとかいう女が加入したようだ。


 いまだに自分が危機の中にあるという実感は湧かない。

 けど、事実を知るたび、彼の言葉が現実味を帯びてくる。


『待合所の中でも奴らはやってくる。すぐにレキを連れて逃げるんだ』


 こうしている間にも正体不明の敵が迫っているかもしれないと思うと、心が掻き立てられる。

 とにかくレキだ。どうにかして連れ出さなければ。


「まあ揃ったところで計画通り行くぞ。まずは俺とゴードンでマスターに最後通牒を――」

「あの、ちょっといいかしら?」


 そう言って引き留めた私に、全員の視線が集まる。


「なんだ?」

「いや、あのね」


 どうする。なんて言えばいい。

 でも考えてみたら、こいつらとの付き合いもそこそこ長い。

 説得は無理だとかリヒトは言っていたが、私の話ならすんなり聞くのではないか。

 何しろ、1年以上苦楽を供にしてきたのだから。


「はっきりしねぇな。腹でも悪いのか?」

「ンだよ、下痢か」


 そういうデリカシーの無いところがずっと受け付けなかったのよ!


 いや、見方を変えれば、それだけ気軽に物を言える間柄ということ。

 これは意外といけるかもしれない。


「……その、やっぱり今日はやめておかない?」

「は? 何を」

「だから、マスターに掛け合うのとか、依頼を受けるのとか、色々よ」

「……やめてどうすんだよ」

「そうねえ。みんなで旅行なんかいいんじゃないかしら」

「「「はぁ!?」」」


 案の定、ガルムとゴードン以外にエミリーまでもが信じられないという面持ちをしていた。

 私だって事情を知らなければ同じような反応をしただろう。

 だが今は悠長に説明している時間は無い。

 とにかく町を離れる、話はそれからだ。


「そんなのSランクになってからでいいだろうが」

「依頼で遠出すること自体が旅行みたいなもんだろ」

「先輩、どうしちゃったんですかぁ?」

「……そこまで変なこと言ってるかしら。そうだ、レキはどう思う?」

「えっ、ボク!?」


 這いつくばったままのレキに尋ねる。

 急に話を振られて驚いたようだけど、レキさえ首を縦に振れば少なくとも2人でパーティーを離脱する理由にはなるはず。


「その……ボクは、ガルムさんの言うことに、従います……」


 だけど返ってきたのは実に意志薄弱な回答だった。


「ガルムは関係ない。あなたの意見を聞かせて」

「…………あの」

「おい。ふざけんなよ」


 いらいらした表情のガルムが立ち上がり、私を睨みつける。


「さっきからワケのわからねぇこと言いやがって。コイツは俺のだ。荷物持ちとしてなら好きに使って構わねぇが、それ以外のことなら俺を通せ」

「たまには彼の話も聞いてみたかっただけよ。パーティーメンバーでしょう」

「そんな必要は無ぇ。お前、本当にローザか? 何があった?」

「……何も無いわよ、まだ」


 視線を逸らさず、私は告げる。


「このままいると、まずいのよ。理由は後で話す。早くここを出たほうがいい。……信じなさい」


 1度ぐらい素直に言うこと聞いてくれてもいいでしょう、パーティーメンバーなのだから。

 しかし――


「誰が信じるかバァーカ。仲間だと思ってたが臆病風にでも吹かれたか」

「Aランク残留だな、ローザ」

「残念ですねぇ、先輩」


 ……ああそう。


 何が仲間だ。

 私が親切で言ってやってるのに。


「直談判はローザ抜きでやる。おい、除名はしないでやるが、頭下げるのは早いほうがいいぞ」

「面倒臭ェ、別に追放でも良くねェか?」

「あ、わたしの知り合いにスゴイ弓職の人がいるんですけどぉ、声掛けておきましょうかぁ?」


 こんな奴らの、何をどう気に掛けろというのか。


「これからって時に使えねぇ女だ。……おい、いつまで地べた這ってんだオラ……っ!?」


 レキの腹を蹴ろうとしたガルムの脚を、魔杖の先で止める。

 怪我して動けなくなったらどうする。

 もういい、こいつらには愛想が尽きた。


「……何しやがる」

「レキは私が預かるわ」

「ああ……?」


 ガルムの額に一瞬で青筋が浮かぶ。

 もうキレるのは確定だった。常日頃から所有権を主張してたもの。


 だけど、こっちだって命が掛かっているのだ。

 レキは私が連れて行く。



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