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05 魔導士、告白される

「やあ、待ってたよ」

「ぐっ……」


 アパートのドアを開けた先に佇んでいたリヒトの言葉に、私は歯噛みした。

 念のため。

 万が一ということもあるから、軽い気持ちで確認しにきただけなのに。


「……夢じゃなかったのね」

「そう思われたら手遅れだったよ。他人に呪法を使ったのは久々だから、ちゃんと効果があるか不安だった。生き返れて良かったね」


 ああもう、認めるわよ。

 私が本当に死んだかはともかく、少なくともあの時起きたことは、疲れによる幻などではなかった。


 ――それにしても、何よここ。


 内部はとても安物アパートの一室には思えなかった。

 カーテンが開いているのに薄暗い室内には、椅子やテーブルといった最低限の家具のほか、水晶石や円環といった大小様々な魔導器と思われる品々が積まれている。

 片側の壁にはリヒトの家のものか、不思議な紋様の描かれたタペストリーが飾られていた。盗みにでも入られたら大損害だろうに、こんな辺鄙なところによく住んでいられるものだ。

 とはいえ、今は別に話がある。


「すごいわね。時を逆行できる魔法なんてやりたい放題じゃない。どこで習得したのよ」

「魔法じゃなくて呪法だよ。僕の一族に伝わる古代の禁呪なんだけど、代償が酷いんだ。なにしろ魔力の代わりに消費するのは、自分自身の“時間”だから」

「……寿命、ってこと?」


 そんなものだと思ってくれればいい、とリヒトは首肯した。


「半日戻すだけで5年も“時間”を消費してしまうんだよ。丸1日ならもっとだ。それに、1度でも術を使ったら“何も残せない呪縛”にかかる。お陰で、うちの家系の人間は僕以外全員消えてしまった」

「え? じゃあ、私も」

「心配しなくても、使用した人間しか呪いは及ばないから君のは減っていないよ。でも術式に関しては教えられないから諦めてくれ。この呪法で誰かが幸福になったことは、ただの1度もない」

「そ、そう」


 急に声を落とさないで、怖いから。

 まあ、代償が本当なら論外ね。1年だって寿命が縮むのはイヤだもの。


「それで、どういうことなの? “今度こそ死ぬ”って」

「言った通りだ。このままだと君は今日中に命を落とす」

「は? いやでも、要は遺跡に行かなければいいだけでしょう?」


 結局、それだけのことではないのか。

 でもそうなると、リヒトはただ警告するために代償を払って時間を戻したことになる。

 言動から察するに、彼は私達が全滅する未来を知っていた。つまり、前にも1度は呪法を使っているはずだ。それなら、どうにかして依頼を止めさせれば良かっただけなのでは。


「7回」


 リヒトが呟く。


「え?」

「今までに僕が時間を逆行した回数だ。依頼に行かず留まっても、結果は同じ。精霊じゃなければ()()()()に殺される」


 ……は?


「ち、違う奴らって何、どういうこと」

「そのままの意味だよ。1番手強いのは“人間の組織”かな。精霊以外にもすでに色んな奴らが町に入り込んでいて、君らの命を狙ってる」

「はあ!?」

「“時間”を失い過ぎて呪法はもう使えない。手詰まりなんだ。どうしても君だけは助けたくて記憶を維持したまま時間を戻した。――いいかい」


 唖然とする私に改めて視線を重ね、リヒトは告げる。


「君がしなくちゃいけないことは1つ。今すぐ冒険者ギルドへ行き、レキを連れて町から逃げるんだ」


 は、レキ!?

 いやいやいや、どうしてそこで、あの荷物持ちの名前が出てくるのよ。


「“奴ら”の目的はレキと、レキに関わった『鋼の黎明』全員の抹殺だ。待合所の中だろうが、あいつらは関係なしにやってくる。レキの過去を追うんだ。そうすれば打開策が見つかるかもしれない」

「待って、理解が追い付かないわ! どうしてレキのためにそんな……!」

「理由は知らない。でも間違いなく連中の狙いはレキだ。何らかの秘密を知ってしまったと()()()()僕らは口封じに殺されるんだよ」


 あり得ないわよ。

 なんであんな冴えない奴を狙って、そんなわけのわからない奴らが動いているの。


「ガルム達の説得は無理だから諦めろ。何度言ってもあいつらは昇格のことしか頭になかった。町を出るなんて考えてもいない」

「私だって町を離れるのは嫌よ! 他に方法はないの?」

「そりゃ、どこか人里離れたところで誰にも関わらずひっそり生きるなら命は助かると思うけど。そうしたいかい?」


 嫌に決まってるでしょう。

 いつ襲われるかわからないまま一生怯えて暮らすなんて、まっぴらよ。


「そもそも君らがレキを匿うような真似をしたのがいけなかったみたいだよ。ギルドに相談するとかして周りを巻き込んでおけば、連中も手は出し辛かったはずだ」

「うぐ……今はそんなことどうでもいいでしょう!」


 町にいても回避できないって、どんな相手なのよ。

 私はこうして無事なのに、とても信じられない。

 それに、もう1つ。


「……どうして、私にそこまでしてくれるのよ」

「ん?」

「だって、私達ってただのパーティーメンバーで、同僚でしかないじゃない。代償が本当だとして、普通、他人にそこまでするかしら」


 私達の関係は、あくまで共通の依頼をこなすための仕事仲間というだけだ。

 別に運命共同体ではないし、使えないとわかったら見捨てもする。役割以上の協力をする義務もない。

 自分の寿命を削って助けたと言われても、正直、胡散臭いだけだった。


「助けてくれたのは……その、ありがたいけど。それこそ自分でレキを連れて町を出ればいいじゃない」

「ふむ」


 逡巡した後で、リヒトは一言。



「実は僕、君のことが好きなんだよ」



 ……………………。


 私は、硬直した。


 …………は? す、好き?


「いやもうほんと、好き好き大好き、ラブリー、プリティー、愛してる。パーティーに入ったのも、君とお近付きになりたかったからなんだ」


 …………。 


「たまたま町で君を見かけた刹那から恋に落ちてしまってね。デスティニーなんだろうね、これ」

「…………あ、そう」

「薔薇のようにあざやかな髪に、硝子細工のように透き通った肌、美術館で見た宗教画に描かれていた神の乙女のような美しいプロポーション、全てが僕の目を奪った。いくら性根が腐っていたって、それが肥料になるぐらいのド・ストライクだった」


 いや、あなた、そんなキャラだったの……?

 まともな奴だと思っていたけど、台無しだわ。


「どう、少しは惚れたかい?」

「いえ、どんびき」

「とにかく僕は君を死なせたくない。レキの失われた記憶。そこに助かるためのヒントがあると思う」

「そんなこと言われても真面目に聞いて損した気分よ。言っとくけど私は――」

「貴族になって贅沢したいんだろう? 夢が叶うといいね」

「……もしかして馬鹿にしてる?」

「どのみち時間の残されてない僕は誰も幸せにできない。いいんだよ、好きな人の力になれれば。ほら、もう行きなよ」

「……ええ」


 どこまでが本当なのか一気に怪しくなったが、促されるまま私は踵を返す。

 だけどガルムからどうやってレキを連れ出せばいいか見当もつかない。


「これから大変だろうけど、()()を守ってあげてね」


 ドアノブに手を掛けた私に背後から声がかかる。


「……彼女?」

「ああ、時間か。幸運を祈ってる。それじゃ――」


 言葉が途切れて。


 唐突に、リヒトの姿が消えた。


 ――えっ。


 彼だけではなかった。

 部屋の中を埋め尽くしていた工芸品も、家具も、カーテンさえも。

 まるで、もともとそんなもの存在していなかったように、全てが消失していた。


「リヒト? ねぇ、ちょっと」


 声を上げても、返事がくることはなかった。

 うすら寒い風が誰もいなくなった室内を吹き抜ける。


 “何も残せない呪縛”――


 もしかして、これが。


(まだ信じられない、けど……)


 背筋が凍りつきそうになる感触を覚えながら、私は誰もいなくなった部屋を後にした。



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