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04 魔導士、死に戻る

 いや……いやああああああああああ!


「熱い、げほっ……あづっ! 苦゛っ……!」


 なんなのこれ、どうして……!


 肌をむりやり掻き毟られるような感覚に気が狂いそうになりながらも、私は顔の火を消そうとして必死にもがいた。


 大丈夫、すぐ治療すれば元に戻るはず。

 なのに、いくら暴れて振り払おうとしても体に燃え移った火が消えてくれない。


「どうしてえ゛っ! あ……ああああああ!!」


 ぶくぶくと泡立った肌が悍ましい色に変わって溶けていく。

 なんとかしないと、早く……!

 でも、どうしたらいいの。

 とにかく逃げないと、ここから離れないと。


 体に力が入らず、私は腕だけで必死に地面を這った。


「速ェ!? なんだこいつ――ぎゃああ!?」

「ンだこれ、炎が消えな……畜生! ……あああああ!!??」


 リヒトはどこ。こんな時のための回復でしょ。


「死ネ。“王”ヲ穢シタ卑小ナル者ドモ」


 嫌よ、こんなので死ねない。わたしにはまだ、やりたいことがあるんだから。


「あ……熱い!! うぎゃああ!!」

「助けてくれ……イヤだ! イヤだああ!!」


 なんで私がこんな目に。まだ何もつかんでいないのに。


「あ……あ……」

「オ迎エニアガリマシタ、原初ノ王ヨ」


 ずっと順調だったじゃない。地位も名誉も、権力も、あと少しで手に入るのに。


「サア。ソノ小サキ檻カラ、貴方ヲ解放シマショウ」


 ガルム、ゴードン……レキ……!


「ボクは……あ……うあああああ!!」


 死ねない、死にたくない!




「だれ゛か……たずげてぇ゛……っ」




 ◇◆◇◆



 パチ……パチ……。


 ずるり。


 べしょっ。


 ずざっ…………ずざっ…………ずざ…………。


「……っ。…………」


 さっきから火の粉のはねる音しか聞こえない。

 頭がぼうっとする。


 もがくたびに泥が口の中へ入り込み、爛れた粘膜に絡みつく。

 どのくらい時間が経っただろうか。


 私はまだ、生きている。


「………………い……やよ」


 死ねない。


 死んだら終わり。


「…………ヤよ。いや……ぁ……っ」


 生きたい。


 生きさせて。


「…………っ」


 その時。

 視界に、2本の足が映る。

 かろうじて瞳だけを上に向けると、パーティーの回復役であるリヒトがこちらをじっと見下ろしていた。


「……っ。……リヒドっ……!」


 本当に、今までどこで油を売っていたのか。こいつさえちゃんと働いていたら。

 いや、今はどうでもいい。

 問い詰めるのは体を治してもらった後だ。


「たす……て…………っ!」


 声を絞る。


「おね゛が……っ! 全身がいたい゛の……いぎが苦じぃっあああ……っ!」


 一言発するだけで喉奥を切り裂かれるような痛みが走った。


 何とか言ってよ。

 回復役なんだから治せるでしょう、なんとかしなさいよ。


「酷い有様だね、辛いだろう」


 ようやく口を開いたと思ったら、そんなわかりきったこと。


「君らが戦ったのは魔物じゃなくて、精霊だそうだ。ウルカヌス――炎獄を司る世界の調停者の1体。魔族に次ぐ人類と敵対する存在であり、単体の力は“前線”の上級魔族に匹敵する。……相手が悪かったね」


 うるさい、そんなのどうでもいい!

 おねがい、回復して。

 助けて、助けて、たすけて。


「残念だけど、奴の体から発する聖炎は、1度燃え移れば相手を焼き尽くすまで消えることはない。高位の水属性魔法で打ち消すか、解呪魔法で効力を消失させるか。いずれにせよ、専門職じゃない僕の魔力では無理だ」


 そんなこと言わないでよ。

 体が焼かれているなんて嘘よ。だって、さっきから少しずつ寒くなってきてるもの。

 氷の張った湖の中にいるみたいに、全身の感覚がどんどん無くなっているの。

 実力は認めているんだから、なんとかできるでしょう?



「手遅れだ。君はもう死を待つ以外に無い」



(……………………いや、嫌よ)


 死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないっ!


「や゛……! 死にああ゛……っ!」


 怖い、こわいこわいこわいこわい!

 死ぬのがこわい!


「でもだからこそ、君を助けられる」


 っ!?

 なんなのよぉ……。

 助けられないのか、違うのか、どっちなのよ……!


「聞いてくれ。今から君に“死に戻りの呪法”をかける」


 何よ、それ。

 どういう、意味。


「文字通り、死ぬことで事前に指定した時間軸まで遡及できる魔法だ。おそらく君はギルドに向かう途中だろう。だけど待合所には行かず、4番地区の第2小路地にある町営集合アパートの6号棟106号室に来てくれ」


 たすけて……。


「これが君を救う最後の機会だ。来てくれないと、君は()()()()()()。わかったね?」


 わからない、わからないわよぉ……。

 くらい、こわいわよ……。


「それにしても想像以上のひねくれぶりだね。どっちにしろこのままじゃ、長くないかもしれないな」


 しにたくない……しにたく……。


 ……………………


 …………


 ……









 ああ、やはりここまでか。











「――っ」


 何も映らなくなっていた視界が開く。

 朱に染まっていたはずの空は青空に変わっていた。……いや、よく見ると、西の空に分厚い雲が浮かんでいる。

 左右を忙しなく行きかう人々は旅人から商人、衛兵まで様々。

 1人1人の顔に見覚えなどないはずなのに、私は既視感に近い懐かしさを感じた。


「ここは――」


 言葉を発しても喉が痛むことはない。

 近くのガラス窓には、凛とした私が佇んでいる。もちろん、傷の1つだって受けてはいない。魔杖も手にしたままだ。


 ……町に、帰って来たの?


 悪夢はまるで何事も無かったかのように消え失せていた。

 私の眼前には、今朝ギルドに向かっていた時そのままの、ヘレナの町並が広がっていた。


 ぺたぺたと頬を触ると、瑞々しい肌が活きのよい弾力を返してくる。

 胸回りを抱き締めてみれば、心臓の鼓動と共に安らぎさえ覚える体温が伝わってくる。


「ふ、ふふ。――あははっ」


 変な笑いが漏れて止まらなくなる。


 よかった。

 全部戻っている。

 私は生きている。



 それが無性に嬉しくて、思わずはしゃぎだしてしまいたくなる。


「ああ、よかった……!」


 全部無事だ。私は何も失っていない。

 そうやってひとしきり喜び、やや冷静さを取り戻した後で、我が身に起きた惨事を考える。

 そして、出た結論は。



「はあもう…………ふざけた()ね」



 そう、夢。

 あんなの、たちの悪い白昼夢。

 だって、この私があんなにあっさりやられるなんて有り得ないもの。


 精霊? 焼き尽くすまで消えない炎? ずいぶん細かい設定だ。

 死に戻りの魔法? そんな魔法があるなんて聞いたことがない。

 4-2-6の106まで来てくれですって? 行くだけ時間の無駄に決まっている。


 このところ遠出ばかりで心労が溜まっているのね。Sランクになったら息抜きに温泉でも行こうかしら。


 まったく、なにが“今度こそ死ぬ”よ――


「馬鹿馬鹿しい、早くギルドに行きましょう」



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