03 魔導士、灼かれる
依頼場所である遺跡には半日で到着した。
道中、大雨に降られたものの、現地に着く頃は橙の陽射しに変わっていた。お陰で私達の姿も丸見えだったため、遺跡からは次々にグレーター・オークが姿を現した。
さっさと片付けてしまおうと特に作戦もなく足を踏み入れた私達は、いつも通りそれぞれ自由に戦闘を開始した。
「オラァ! 5匹目ェ!」
「どうしたぁ! でかいだけで中身はてんでだな!」
襲い掛かってきた巨大な魔物の群れを、ガルムとゴードンは手にした剣で次々に両断する。
オークの上位種であるグレーター・オークは、徒党を組めば村1つを数時間で壊滅させるほどの力を持つが、所詮はAランクの魔物。すでにSランク相当の実力を持つ私達にかかればどうということはない。
「《メテオシュート》」
背丈とほぼ同じ長さである魔杖【アルスノヴァ】を天に掲げ、攻撃魔法を発動。
身に纏う特注のウィザードローブやウィザードハットを始め、指輪やピアスなど私の装備は全てがマジックアイテムであり、威力の増幅や魔力消費量の減衰効果が付与されている。
極限まで強化された光弾は空で弾けて流星となり、こちらへ突進してきたオークの頭部を次々に破壊した。
範囲攻撃がうまく決まると爽快だ。
だけどその時、耳元であの荷物持ちの声が聞こえてくる。
「……あの、マナポーションどうぞ」
「は? たかが中位魔法1発使ったぐらいでいらないわ」
「でも、この前は」
「Sランクならともかく、Aランクの依頼でいちいち全快にしとく必要ないわ。いつになったら状況見れるようになるの。あと口答えしないで」
「……ごめんなさい」
そうでなくても後ろで見てるだけなんだから、いくらでも戦況を把握して行動できるでしょう。
「ふん……《サンダースピア》」
苛立ちを覚えながらも背後から近付いてきたオークを稲妻の槍で穿つ。
一瞬で丸焦げになった魔物が地に倒れ伏し、土埃が舞った。
異界より現れた魔王が西の果てより侵略戦争を開始してから10年が経つ。
怒涛の勢いで大陸西側を制圧した魔王軍を食い止めるべく、各国は魔物の脅威に対抗する同盟を組み、“前線”と呼ばれる大陸の東と西を結ぶ境界線に戦力を集中させていた。
人間側の奮戦もあり魔王軍の侵攻こそ寸前で食い止められていたものの、それでも境界を越えて侵入する魔物は後を絶たず、さらに魔王の影響を受けて活発化した在来種の魔物は人の生活を脅かし続けていた。
そうした露払いを任せられているのが、私達。
冒険者という名の、傭兵の仕事だった。
「にしても数が多くて面倒ね。あ、そうだわ。レキ、ちょっとその辺を偵察してきて」
「え……? で、でも襲われたらボクじゃ……」
「いいから、行きなさい。ほら《シルフィウイング》」
レキの背中を押すと、風の魔法で加速された勢いのまま飛び出していく。
すると案の定、格好の餌を見つけたとばかりに数匹のオークが姿を現した。
「う、うあぁ! 助けてぇっ!」
そうそう、わかってるじゃないの。
そうやって叫び声をあげながら滑稽に逃げ回ってアピールしなさい。
「ひいいいっ! ……あうっ!?」
と思ったら転んじゃうとか、やはりグズね。
まあいいわ。
「《グラビトロンパレス》」
強大な重力場を生み出す上級魔法を展開。
荷物持ちにぎりぎりまで迫っていたオークの群れを瞬時に押し潰す。
弾けて飛び散った肉塊の雨を浴び、レキの体がどす黒く染まった。
「うぶっ……くさいよぉ……もう嫌……」
「めそめそしないでよ。安心なさい、リヒトは清浄の魔法も使えるんだから。……あら?」
振り返ると、近くにいたはずのリヒトの姿が見えない。
前衛の2人に強化魔法による支援をしていたはずだけど、どこへ行ったのかしら。ヘマして魔物に不意をつかれるようなタイプではないはずだけど。
ダメージを受けない私にとって、治療士の彼は万が一の保険みたいなものだが、露骨にサボられるのは腹が立つ。
「ははは、見てくれローザ。このオーク番だったみたいだぜ」
「メスの首もいでやったら必死に取り返そうとしてきやがんの。豚が一丁前に愛情なんか持つんじゃねぇよ!」
「グアアアアッ! グルアアアアアッ!」
……何が面白いの。
勝負がついてるなら、さっさと殺しなさいよ。
ひとまず目先の敵を片付けてしまおうと、私は荷物持ちに再度魔物を釣ってくるように促す。レキは死に物狂いで遺跡中を走り回ってくれたため、実に効率よく敵を一掃できた。
ガルム達のほうも程なくして討伐を終え、合流してくる。
実にあっさりと依頼は達成された。
「おい、リヒトは?」
「知らない。いつの間にか消えてたわ」
「ンだよ、サボリか。Aランクごときの依頼じゃ出番無ぇのはわかるけどよ」
「食われちまったんじゃねえのか? まあどうでもいいが、これでオレらも晴れてSランクだな」
それもそうね。
後は明日にでも報告を済ませるだけ。
でも、こんなことはまだまだ通過点。
私はまだまだ上に行く。
いつか権力の頂点に登り詰めて、みんなを傅かせてみせる。
(そのためなら――え?)
その時だった。
背後で石畳の砕ける音が響いたかと思うと、まるで溶炉を前にしたかのような熱波が吹き付ける。
振り向いた私達の前に、オークとは明らかに外見の異なる1体の“魔物”が佇んでいた。
「……何、こいつ」
今までに感じたこともない重圧に、身の毛が逆立つ。
背丈は人間の成人とほとんど変わらない。
ただし頭部は人と似ても似つかぬ狼に近い容貌で、眉間にはまるで怒りを象徴するような深い皺が刻まれている。歴戦の戦士を思わせる肉体は赤褐色の毛皮に覆われ、マグマのように禍々しい発光を繰り返している。熱気の発生源はそこからのようだった。
ワーウルフ属に近い外見だが、それと比べると人間に近い直立した姿勢を取っていることと、何よりも炎を纏ったかのような全身をしている点が大きく違っている。
「……見ツケタ。我ラガ……王ヨ……貴様ラガ弄ンデイタノカ」
発達した犬歯を剝き出しにして魔物が口を開くと、呻くような声音が漏れた。
同時に届く底知れない殺気。
言語を扱うということは上級魔族か。いずれにしても敵という認識以外に持ちようがなかった。
私はすぐさま魔杖を掲げて攻撃魔法の術式を構成する。
「ライト――」
……え?
魔物が、消える。
肌を焦がすような熱気が再度出現したのは、私のすぐ――懐。
「灼ケ果テロ愚カナ人間。罪ノ重サヲ知レ」
魔物の片腕から繰り出された拳が、私の体に吸い込まれる。
視界が歪んで、全身が弛緩する。
殴られたはずなのに痛みはほとんど感じなかった。
ただ体の内側から水風船が破裂したような、固いものが砕け散るような、そんな音がした。
そして。
ごぽり。
喉奥から口端まであっという間に広がる鉄の味。
なに、何をされたの。
視線を落とすと、なんだか私の体がどす黒く染まっている。
おかしい、力が入らない。
倒れる私の顔が押さえつけられ、上体を引き上げられる。
魔物にわしづかみにされたのだと気付いた次の瞬間。
視界がちかちかと光に染まった。
ぱん、と右目の奥で何かが弾ける音がして、視界の半分が黒に染まる。
なに、これ。
「なっ! ローザを一瞬でやりやがった!? なんだこの化け物!」
「くそが、同じようにいくと思うなよ!」
片方だけになった視界に、武器を構えて魔物に立ち向かうパーティーメンバーの姿が映る。
ちょっと、少しは援護してよ。
体が動かないの。
変なにおいが鼻から離れないの。
顔が、きずぐちに熱湯をかけられたみたいに、あついのよ。
そう、そうよ。あ……熱……。
「あづ……あづいいあぎゃああああああっ!!!!」
体が灼かれていることに気付いた私の口から、絶叫が溢れ出た。