02 魔導士、ギルドマスターを脅迫する
麻袋を抱えたレキを伴い、私達はギルドの執務室へ向かう。
室内では2人の男性が、執務机と来客用のソファから互いに険しい表情を浮かべて無言の時を過ごしていた。
ソファに座る偉丈夫はパーティーの一員であるゴードン。ガルムの同期で重戦士をしている。
もう1人、奥の執務机で腕組みしながら渋い視線を送っているのは、私達のホームであるヘレナの町の冒険者ギルドマスターだった。
「こんにちはマスター。早速だけど私にも理由を説明してくれないかしら。どうしていつまでも私達を昇級させてくれないのよ」
現在、私達のパーティーはどういうわけかSランクへの昇格を何度も先送りにされていた。
通常、冒険者パーティーは同ランク以上の依頼を7回達成した時点でギルドの審査に掛けられ、問題なしとみなされれば晴れてランクアップとなる。
審査とは不正の有無などを調査するだけのもので、当然私達は実力で魔物を倒してきた。
ところが私達は、かれこれ10回以上依頼を達成しているにも関わらず、一向に昇格が認められていなかった。
聞けば“適正がない”“もう少し大人になってから”という曖昧な理由がほとんどで、はぐらかされているのが現状だった。
先日もまた見送られてしまい、我慢の限界を迎えた私達は、ついに今日、直談判へと赴いたのだ。
「もう格上のSランクの依頼だって何回かクリアしたわ。これ以上、なにがどう不適格だっていうのよ」
「……何度も言っているだろう。実力があっても、お前たちは冒険者として以前に人間ができていない。Sランクになれば国や貴族からの特別依頼も受諾できるようになり、冒険者の看板を背負うことになるのだ。普段の素行が目に余るお前たちを昇級させれば、国が冒険者への印象を悪くするのはわかりきっている」
以前にも告げられた理由を述べられ、私は辟易した。
「人柄への評価なんて個人の好き嫌いでいくらでも変わるわ。ちゃんと依頼には迅速に応えてるじゃない。具体的にどこがどうマズいっていうの」
「……依頼をこなした後、お前達はどうしている?」
「……? 私はさっさと町に帰ってるけど」
「前回の依頼を果たした後で、ガルム達が現地の酒場で乱闘を起こしたのは知っているか」
そんなことしたの?
こいつらと卓を囲うことなんて1度も無かったから知らなかったわ。
「あんなの夜の飲み屋ならどこでも起きてる小競り合いスよ。店員の女を誘っただけで絡まれたら誰でもムカつきますって」
マスターに対して一応の敬語を使うガルム。
それにゴードンも同調する。
「こっちは魔物から村を救った救世主なんだ、酌ぐらいしてくれて当然だろうが。それを、恋人だって男まで割って入って来やがって。最終的には村中の野郎とヤり合う羽目になっちまったが、不可抗力ってもんだ」
「……毎回のように行く先々で問題行動を起こして、お前達の不始末に、職員がどれだけ手を焼いていると思ってるんだ」
額を押さえて嘆息するマスター。
どうやら頼んでもいないのに火消しをしてくれているらしい。
「でも依頼が終わったらプライベートでしょう。査定に含むほうがおかしいわ」
「お前までそんな考えなのか……上位の冒険者として皆の模範になろうという気概は無いのか?」
「知らないスよ、そんなの」
「命懸けた商売でトモダチごっこする気は無えなぁ」
「それでお前達のサポートを引き受けたギルドメンバーを何人潰してきたんだ。……今も新人を虐げているんだろう」
だから、どうしてそうなるの。
身寄りのない哀れな男の子を面倒見てあげてるのよ、こっちは。
「とにかく少し頭を冷やせ。お前たちはまだ若いんだ。自分を見つめ直して――」
「トニー君」
ガルムが、ぽつりと口を開く。
「……何?」
「だからトニー君です。マスターの息子さんの。今朝も見送りしてもらったんでしょ? もう5歳だっけ。今が1番可愛い時期なんじゃないスか」
そう言ってレキの隣に置いてある麻袋へと視線を移す。
ちょうど袋の中身が再び動き始めたところだった。
そう。人間の子どもくらいの、ナニカが。
「…………っ! まさか……!?」
「俺もああいう元気なお子さんが欲しくなりましてね。……食い物をエサにしたら、すぐに釣れたぜ」
にやりと嗤うガルム。
反対にマスターの顔はみるみる蒼白になっていく。
どうやら、おわかりいただけたようだ。
「キサマらどこまで……っ! どけっ、返せっ!」
椅子から立ち上がり麻袋に向かうマスターに、そうはさせまいとガルム達が立ち塞がる。
「何キレてんですか。頭にきてんのはこっちなんだよ」
「難癖つけてオレ様の栄光を邪魔しやがって。もう我慢ならねぇ」
「ふざけるな、犯罪だぞこれは! トニー! トニーっ!!」
いつも冷静なマスターがここまで取り乱した姿を見るのは初めてだ。
よほど実の子が大事らしい。
「解放して欲しかったらわかってますよね。俺らをSランクにしてください」
「ふざけるな、こんなもの認められるか! 息子を返せええええ!!」
「ローザ、やれ」
「《ファイア》」
私は戸惑うことなく袋の端に魔法で火を灯した。
炎の向きを制御しているから壁や床に火が燃え移るようなことはない。
やがて、中から甲高い悲鳴が漏れ出す。
「――! ――ッ!」
「う……うわああああっ! わかった、次だ! 次の依頼を達成したら改めて昇格を打診する! だからもう止めてくれえっ!」
必死に袋へ腕を伸ばし懇願するマスター。
両親のことなんて覚えていない私には親子の情なんてわからないけど、言質を取ったことを確認した私はすみやかに火を消した。
「とりあえず口約束じゃ不安スからね、ちゃんと証文にしてください。中のモノはそれと交換だ」
「う……うう……」
椅子に座り直したマスターは震える手つきで紙に文書をしたためる。
ガルムは中身に目を通すと、満足げに頷いた。
ギルドが特定のパーティーに便宜を図るのは立派な規約違反のはず。
私達が証文を手にした以上、マスターはこちらの言うことを聞かざるを得なくなった。
「ちゃんと俺らをSランクにしてくれたらこの紙切れも返しますよ。もし約束を破ったら……2度と家族に会えなくなっても知らねえからな」
「ああ、約束する! だから早く息子を……!」
私とレキが麻袋から離れると、マスターはすぐに駆け寄り震える手で口紐を解き始めた。
「トニー、怖かったろう! すぐ助けてやるからな……!」
「よっしゃ任務完了。面倒だがもう1度依頼受けに行くぞ」
「しかしそんなに大事な命かねぇ――そんなどこにでも沸く“ザコ”が」
「…………ん? ぎゃあっ!?」
「ギィィィィィッ!」
紐が解け、勢いよく飛び出した中身が甲高い声を上げてマスターに抱き着く、というより飛び掛かる。
現れたのは小柄な体格の緑色の皮膚をした生き物。
体の構造は近いが、もちろん人間の子どもなどではない。下級モンスターのゴブリンだ。
「こ、これは!? くそっ! お前ら騙したなああああ!!」
マスターの怒号が響く頃には、私達はもうさっさと事務室を後にしていた。
「ギャハハハ! たかがゴブリンを救出しようとするなんて、最高に笑えるぜ!」
「バカバカ、バァーーーーカ! こんなんで本当に誘拐なんかするワケねーだろうが、なぁ!」
嘘つけ、本当に攫ってきそうな勢いだったくせに。
いくらギルド側に非があるといっても、誘拐は立派な犯罪。
誘拐犯の関係者として聴取されるなんてまっぴらだった私は、苦肉の策としてゴブリンを代用する案を授けたのだ。
「これでもっと金が入ってくるぜ! ……おい、ローザ」
「……なに」
ねっとりとした表情でガルムがこちらを見る。
「もういいだろ。ランクが上がったら今度こそオレと付き合ってくれ。いい加減、お前の体をほっとくのは我慢の限界だぜ。な?」
気色の悪い声で、あろうことか腰に手を回そうとしてくる。
もちろん私は睨み返して拒絶した。
「何回断らせるのよ。あなたみたいなチンピラと付き合うなんてまっぴらよ」
「ぐっ……!」
「私の体はもっと高貴な身分に抱かれるためにあるの。次に小汚い手で触ろうとしたら、灼き払ってブタの餌にするから」
ランクアップすれば、いよいよ王国からの特別依頼も受けられるようになり、貴族連中とも関わりが持てる。
実力を示せればいずれは宮廷魔導士に召し抱えられる機会も生まれるだろう。そうしたら、彼らだって私のことを放っておかないはず。
ワインレッド色の長髪は毎日手入れを怠っていないから艶もたっぷり、肌の手入れだって欠かさないからくすみの1つも無い。このしなやかな四肢も豊かな胸も私だけに与えられた神様からの賜物。
加えて、アメジストのような双眸で色目を使えば、どんな身分の男だって取り込む自信がある。
逆に言えば、相応の身分以外の人間が触れるのは許されないこと。
――はじめから不釣り合いなのよ、あなたなんか。
「ちっ……おい、レキ。ちょっと来い」
「は、はい……」
「オラア! クソが! うおああああああ!!」
呼びつけた荷物持ちを、ガルムはいきなり蹴り飛ばして床に転がした。
「っ! うぐっ! やめて……!」
「あ~ァ、リーダーの癇癪が始まった。知らねっと」
「待合所の真ん中でキレないでよ、みっともない」
「うるせえっ! オレが拾ってきたんだからこいつはオレのモンだ! 殴ろうが蹴ろうがオレの勝手だ!」
そんな風に短気だからモテないのよ。
「お待たせ、みんな」
その時、深緑の髪色が特徴的な銀縁メガネにコートを着た青年がやってくる。
戦闘では回復魔法や補助魔法による治療士を担当しているリヒトだ。年齢は不詳だがおそらく20歳そこそこ。2ヶ月前に珍しく私達のパーティーへ加入を志願してきた流れ者だった。
先述のとおり戦闘職以外は必要としていない私達だったが、Sランクに入り回復薬の消費量が激しくなったことと、強化支援がそれなりに役に立っていることもあって、例外的に受け入れていた。
「おうリヒト。来て早々あれだが、この荷物持ち――」
「転んで怪我したんだろ。すぐ回復するよ」
「お、おお。ああそれと――」
「ようやく昇格できるんだろ。良かったじゃないか」
「……おう」
粗暴なガルムが毒気を抜かれている。
飄々としていて何を考えてるかわからないが、あの2人をあしらえるのだから世渡りはうまいのだろう。
実際、たまに口を開けば鋭いことを言ったりもする。
以前受けたSランクの依頼では、まるで事前に調べていたかのように奇襲を得意とする魔物の潜伏先を指摘した。本人は偶然だと否定していたけど。
ともあれ、これで『鋼の黎明』全員が揃う。
「おい。今受けられる依頼1つしかねーってよ」
「西の遺跡に巣くったグレーター・オーク退治か。Aランクの魔物だな。ちゃちゃっとやるぞ」
「ほら、傷治ったならさっさと立って荷物持ちなさい」
「うう……」
「…………」
私達が意気揚々と待合所を立とうとした時だ。
「このゴミクズ共がああああっ!!」
事務室からマスターが鬼の形相で飛び出してきた。
力任せに引きちぎったのか、ゴブリンの生首を手にしている。
「そこまで性根が腐っていたとは! お前らのことなどもう知らん。どうにもでもなってしまえ!」
「はあ?」
「今に見ていろ。ヒトを見下してきたツケは、いつかお前ら自身で払うことになる! 近いうちに必ず報いを受けるからな!」
報いって何。報酬とか栄誉ならいくらでも受け取るけど。
「中年がヒステリー起こしてるだけだ。行くぞ」
尚もがなり立てるマスターを無視して、私達は町に出た。
待合所に来る前は晴れていたのに、空がどんよりとした色に変わっている。
「この分だと一雨来そうね。……どうかした?」
ふと、リヒトが足を止めて私達の背後、雑踏の先に目を向けていた。
平日の昼間、人々が行きかう普段通りの町並みが当たり前のように広がっている。
「…………何でもない。行こう」
あらそう。
何でもないならどうでもいい。
私達は御者を雇うため、郊外の馬車駅へ向かった。
今回の依頼を達成すれば、いよいよ私もSランクね。
先が楽しみだわ。
◇◆◇◆
「くそっ! ここまで救いようのない奴らだったとは……!」
「大丈夫ですか、マスター。……本当に、どうしようもない人達」
「実力はあっても中身があれじゃな。胸糞悪い連中だぜ」
「いい加減、痛い目を見ればいいんだ」
「……そんなもんじゃ済まねえよ。あんな奴ら、死んじまえばいいんだ」