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2 ツェーンは人間がお嫌い(1)

 

 ツヴァイに抱えられて来た場所は、庭園の先、赤い薔薇咲き乱れるアーチを抜けた更に奥にある小高い丘だった。

 屋敷中を取り囲む赤とは真逆のシロツメクサが、どういうわけかその丘は真冬にも関わらず咲き誇る。


 朝日に晒されて、丘を包む草花はきらきらと輝く。

 ざあっと風が吹いて少しラファエラの髪を攫った。

 まるで天国みたいだ。

 痛い程静かで、厳かで美しいそこにチェーロを埋めるための小さな穴を作り、そこに置くと悲しさが込み上げてきた。


「チェーロ、守ってあげられなくてごめんね。私のせいで痛かったよね」


 もし自分がもっと早く部屋に戻っていれば、チェーロは死ななかったかもしれない。

 間違いなく1つ言えることは、自分がチェーロに関わらなければルチアはチェーロを殺さなかったという事だ。

 ルチアに対する恨みは消えない。それと同時にラファエラは自分に対しての怒りも消えなかった。

 自分は復讐すら出来ない腰抜けだ。

 きゅっと唇を噛み締めると血が出た。


 すると今まで後ろに控えていたツヴァイがラファエラの隣に屈む。

 親指で血が出た所を拭いとってペロリと舐める姿はやはり吸血鬼だなとラファエラは感じた。

 ツヴァイは感情の無いような目でじっとチェーロの亡骸を見る。


「此処は吸血鬼の棲ですよ。ラフィー以外人間は立ち入れませんから、チェーロは安らかに眠れるでしょう」


 チェーロは死んでしまった。

 けれど天国のような静かな場所で安らかに眠れるのなら、少しは幸せかもしれない。

 吸血鬼という、街では化け物と言われているその存在を神様だとラファエラは思った。

 ラファエラにとって此処は天国で、ツヴァイは間違いなく今まで出会った誰よりも優しい存在なのだから。

 また来るからね、と声を掛けてチェーロに土を掛け、ラファエラはツヴァイに再び抱えられた。




 屋敷に戻る途中、ローブのフードを被っているにも関わらず太陽の光が当たるとツヴァイは嫌そうに目を細める。

 そういえば吸血鬼は夜しか生きられない生き物で、太陽の光に当たれば塵となって死んでしまうとかつて母と生きていた時に町で聞いた事があった。

 ツヴァイが消えてしまうのではないかと焦ったラファエラは、太陽の光を遮るように手を伸ばす。

 ラファエラの小さな手だ。実際は全く変化はないのだが、ツヴァイはラファエラの焦る様子が面白くて、何をしているんですか?と声をかける。


「あの、吸血鬼は、太陽に当たると死んじゃうって…!」


 焦ったように目を見開いてツヴァイを見つめる空色の瞳に意地悪をしてそうですね、と答えると見事なまでにラファエラは硬直した。


「弱ければ死にます。生憎私は陽の光位では死ねませんが」


 吸血鬼が日光に弱いのは確かだ。

 十二柱のように始祖の血を引く吸血鬼には殆ど影響は無いが、後に派生した吸血鬼達は太陽に当たると死んでしまう事もある。


 寿命の長く、死の間際まで老いる事のない吸血鬼は子供を滅多に産まない。

 子孫を残す必要性を感じないからだ。

 けれど時々、妙な吸血鬼がいて人間と恋に落ちて子供を成した。

 そうして吸血鬼の血が薄い吸血鬼が産まれていく。更にその子孫達が人間と子供を成していく。

 このようにして寿命の短く力の弱い吸血鬼の数は増えていった。

 太陽によって簡単に死ねるのはこういう吸血鬼達であった。


 死ねないと答えると、ついさっきまで焦っていた少女は安心したように微笑んだ。

 花が綻ぶような笑みに一瞬ツヴァイは思考が停止する。


「まさか、貴女に取り引きを持ちかけた狡猾な吸血鬼に情がおありですか?」


 暇つぶしの為に拾った。

 拾ったからには飼い主として弱くて愚かで可愛いペット(ラフィー)を大切に育ててあげようとツヴァイは決めている。


 しかしそれも飽きるまでの話だ。そんな風に考えている吸血鬼に心を許すなんて愚かなんて言葉では言い表せない程の愚かさだ。


「ツヴァイさまはチェーロの事を考えてくれる優しい方です」


 少し馬鹿にしたように聞けば、警戒心0の笑顔でそう返ってきた。

 悪魔を召喚しなくて良かったですね、とツヴァイは呟いた。




 ツヴァイは屋敷を質素だと言ったが、ラファエラにとっては信じられない程豪華な屋敷だった。

 シュナーベル伯爵家しか知らないが、少なくともそこよりはずっと広く豪華な造りだ。

 屋敷に入ってすぐの大きなシャンデリアのあるホールでは舞踏会が開けそうな程だ。

 ホールを抜けてツヴァイは赤い絨毯の敷いてある階段を登っていく。

 長い廊下の奥にある、白地に金の薔薇の飾りが一面の、一際豪勢な扉をツヴァイは開いた。

 カーテンが引かれ蝋燭のみが灯りをともす豪華な広い部屋の中、入ってすぐのソファーには2人の吸血鬼の姿があった。

 1人は妖艶な女性で赤毛を緩く三つ編みにして肩に流していた。ナイトドレスを着ていて、膝の上に横たわる少年の髪を撫でている。

 猫のようにその手を気持ちよさそうに受け入れている少年は見た目はラファエラと同じ歳位の少年だ。

 白とも銀とも言える髪を持つ、全体的に色の薄い少年だ。



「主のいない人の部屋で何を?」


「何を、はこっちのセリフですわ。ツヴァイ様のせいで叩き起されましたのよ」


「姉様、僕もう眠いよ」


「可哀想なベル。姉様の膝のうえでお眠りなさいな」



 姉様と甘えたように女性を呼ぶ少年は弟なのだろうか。

 興味がないようにこちらを一瞥もしなかった姉弟だったが、ラファエラはベルと呼ばれる弟とふと目があった。


「ツヴァイ様、どうして人間を抱いているの?」


「人間ですって?」


 無邪気な弟とは真逆に、妖艶な女性はギロっとラファエラを睨む。

 4つの赤い瞳に見つめられてラファエラは少し恐ろしいと感じた。



「フィーアは来そうにもないから、五人で始めよう」


「ツヴァイ様、是非僕が椅子になりましょう!」


 部屋の中の冷たい沈黙を破ったのはゼクスとアハトだった。

 アハトの提案を無視し、ツヴァイは姉弟の座っているのとは逆側のソファーに座る。

 4人の吸血鬼はそれぞれ違う表情をしていた。

 ある者は羨ましそうに、ある者は面倒くさそうに、ある者は冷たい瞳をしていてある者は笑顔だった。


 挨拶なさいと言うツヴァイにしたがって、ラファエラは名前を告げる。

 待て、と声を上げたのは金色の髪を持つゼクスだった。


「シュナーベルって、シュナーベル伯爵家の令嬢か?」


「い、一応そうなります」


「おいツヴァイ。今ならまだ間に合う、返してこい。浮浪児ならともかく、伯爵令嬢なんぞを誘拐したら大事だ」


 本気で訴えかける表情のゼクスとは真逆で、ツヴァイは飄々として笑っている。

 まさかこの痩せ細った少女が伯爵令嬢とは思えなかった。

 浮浪児なら最悪飼ってもいいかとゼクスは考えていたが、伯爵令嬢なら話は違う。

 ただでさえ人間を狩る吸血鬼を捕まえて来なければいけないのに、更に面倒な仕事を与えられてはたまったものではなかった。

 飽き性のツヴァイの事だ。どうせすぐにこの少女の世話を投げ出して自分の仕事になる。加えて伯爵令嬢となると人間達が探しに来るだろう。もしも伯爵令嬢の所在を聞かれれば匿う必要はない。素直にヴァイツゼッカー領にいると答えて、人間共が襲ってきたら負けはしないが面倒だ。


 大きくゼクスは溜息をつく。

 次にあの、と手を挙げたのはアハトだった。



「ツヴァイ様、さっきの悪魔とこのチビ、何の関係があったんですか」


「悪魔の所有印を持っているんですよ。フィーアなら見たことがあったはずです」


 なんてこと無さそうにツヴァイは告げたが、それを聞いて十二柱の吸血鬼達は皆驚き目を見開いた。


 悪魔の所有印は、悪魔の執着の証だ。

 自らの魂を対象の魂に結びつける呪いによって対象の魂を他の悪魔が干渉出来ないようにするもので、かなり高位の力のある悪魔のみが使える術だ。

 悪魔とその悪魔に愛されてしまった人間の間に契約が生じれば、悪魔の所有印をつけるために利用していた悪魔の魔力は返ってくる。

 それまでは半分以上の魔力を悪魔は失う事になる為、その術を使う者は殆ど存在しなかった。


 始祖に血が近いツヴァイ(2番目)フィーア(4番目)はかつてそれを見たことがあった。

 古株のゼクス(6番目)すらも見たことの無い程昔に存在していた悪魔が使ったきり、悪魔の所有印を持つ人間は現れることはなかったのだ。


 高位の悪魔に信じられないような執着をされている、人間の伯爵令嬢。

 既に悪魔が少女の前に現れているのなら、ヴァイツゼッカー領の結界を出た時点で可哀想だが人間の世に戻る事は出来ないだろう、とゼクスは思った。



「君は家に帰りたいよな。家の人が心配している」


 無事に帰れない事は分かっていたが、ゼクスはラファエラに声を掛ける。

 どういう経緯かは知らないが、貴族の子供が吸血鬼に連れ去られたのにやけに落ち着いていると思ったのだ。

 妾の子供ですからと困ったように答えるラファエラに、ゼクスは納得した。

 その身体の細さ、髪の痛み、服装、どれをとっても愛されて育てられたとは思えなかったからだ。


「ツヴァイは吸血鬼だ。今は親切に思えるのかもしれないが、いつ君は飽きられて喰われるかもわからないぞ」


 大方、妾の子として虐げられていたのだろう。

 気まぐれに声をかけたツヴァイに拾われて喜んでいるのだろうがツヴァイに子供を育てる事が出来る訳がない。

 十二柱の中で誰よりも人間を愛している振りをして、その実人間を家畜と思っている。

 同等と思っていないから人間の愚かさを愛しいと思えるのだ。


 ゼクスは脅すように告げたが、ラファエラは怯える様子もなく静かに頷いた。

 自分が喰われてもいいと思っている、家族に愛されていない少女だ。飼っても問題はないだろうと判断してゼクスは頷いた。



「ゼクスなら止めてくれると思ったのに!馬鹿!」


 アハトはそう言い捨てて部屋を出た。

 アハトはゼクスが少女を認めたと勘違いしたがそうではない。


 ツヴァイは飽き性だ。

 ラファエラに飽きれば喰ってしまえばいいのだからと、見た目は天使のようなゼクスは吸血鬼らしい事を考えていた。



「私は反対ですわ。人間なんて汚らしいもの、屋敷にいれるなんて」


 一通り話を聞いて、その間一切口を挟まなかった姉弟。

 姉は冷たくラファエラを睨み、弟は真逆で笑顔で手を振って部屋を出た。






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