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1 雪降る夜に(4)

 


 大きな爆発音が生じて、アハトは仕方なくて馬車の外に出た。

 怯んでいる御者の吸血鬼にこの場から去るように言い、蝙蝠として飛んでいく様子を見守った後騒動を起こした悪魔を見た。



 リファナ王国には吸血鬼が棲んでいる。

 それと同時に、王国の人間が信仰する神とその神に反する立場である悪魔がいるのも事実だった。


 人間は自分達に不都合が生じると神に祈る。

 晴れの日が続けば雨が降るように、戦を始めるとなれば勝利を手に入れる為に。

 自分勝手で強欲な人間は人智を超えた存在を、人間の都合のいいように扱おうとした。

 そんな人間を愛おしく守りたいと思えた者が神、愚かしく消し去りたいと思った者が悪魔と、元は同じ存在を自分たちの利益を考えて人間が分類しただけの事。

 利益をもたらす神には祈りを捧げ、悪魔は滅ぼすべき対象として攻撃をするのだ。


 人間を愚かだと思うのは、ツヴァイのような例外はあるが悪魔も吸血鬼も同じだった。

 吸血鬼は神よりも悪魔に立場が近いのである。

 その為、個人的な事情があれば時折対立するものの悪魔と吸血鬼は互いに干渉を避ける、理想的な隣人同士である。

 悪魔が吸血鬼を襲うのは、異常事態であった。



「吸血鬼の王たるツヴァイ様を襲うなんていい度胸だね」


「吸血鬼の王?それは恐ろしい。失礼いたした」


 とんだ無法者が襲ってきたかとアハトは思ったが、案外この悪魔は話が通じるかもしれない。

 林の中から現れた、黒い毛皮を持った狼のような大きな魔獣は意外にも謝罪したのである。

 すぐにでも殺そうと思っていたが、話を聞く価値がある。

 何故攻撃したの?とアハトは魔獣に尋ねた。


「吸血鬼を傷つけるつもりで襲ったのではない。その人間の幼子に懸賞がかかっていてな。渡してくれるか」


「ツヴァイ様、とっとと渡してしまいましょう」


「いやぁ運が良かった。ついさっき、大悪魔エウレチカがその幼子の魂の形と匂いを説明して歩いていたのを見てな。エウレチカに届ければ何でも願いを叶えてくれるらしい。我は鼻が効くのでな。誰よりも早く幼子を見つけたのだ」


 確かにこの種の魔獣は鼻が利く。

 自分の能力の高さを誇らしげに語っているが、知りたいことを全て聞き終えたツヴァイは馬車の中から右手をあげた。

 始末しろという合図に、アハトは魔獣に向かって飛びかかる。

 魔獣自身が襲われたと理解するよりもずっと早くにアハトの鋭い爪は魔獣の喉元を引き裂いた。

 吹き出す黒い返り血を浴びてアハトはうぇ、と声を上げる。魔獣の血はヘドロのような酷い匂いがするのだ。

 着ていたローブが汚れて散々だが、敬愛するツヴァイの為だ。

 アハトが跪いて主を見上げる。

 窓越しにツヴァイはアハトの大好きな輝くような笑顔で良くできましたねと褒めた。


「いつも頼りにしていますが、こう活躍を見るとアハトは本当に素晴らしい子だと再確認します」


「ツヴァイ様!大好きです!」


 明らかな棒読みだが、アハトにとってはそれすらもご褒美である。

 しっぽがあれば喜んで千切れてしまいそうな忠犬っぷりを発揮しているそんなアハト。

 ツヴァイが困りましたね…と独り言のように呟いたサーブをどうしましたか?!と見事拾った。



「御者を帰してしまいました。どうやって帰ろうか…」


「僕にお任せ下さい」



 演技がかった憂いの言葉は、勿論ツヴァイの策略である。

 結論として68匹の魔獣と33匹の人型の悪魔をアハトは始末する事になった。大切な主が乗った馬車だ。仕方がない事だった。

 4時間かかってツヴァイ御一行は林を抜け、リファナ王国の北部にあるヴァイツゼッカー領にたどり着いた。


 全ての吸血鬼が棲む、王都並の広大な面積を持つその領は崖や林に囲われていて、人間が自分の力で辿り着く事は不可能だった。

 また、始祖の残した結界が領地一面を囲っており、神も悪魔も関与出来ないその土地は正に吸血鬼だけの王国であった。


 ヴァイツゼッカー領の中心には領を一面見渡せる小高い丘があり、そこには始祖が暮らしていた古い屋敷がある。

 赤い薔薇が年中咲き誇るその屋敷は“薔薇屋敷”と呼ばれていて、今の主はツヴァイだった。


 薔薇屋敷の奥深くには、ついこの間2000年の眠りについた十二柱の同胞が眠っている。

 百人以上もの吸血鬼が住むことが出来る部屋数があり、実際にツヴァイ達が目覚める前は多くの領民が奉公していたらしい。

 しかしツヴァイは目覚めると、自分の事は自分で出来るからと全員一気に彼らを解雇した。

 そうして今、十二柱の六人のみが暮らしている薔薇屋敷はいつも静まり返っていた。


 日が昇りはじめ、領民達が一日を終える頃に聞こえた馬の蹄の音。

 十二柱の1人であり6番目に作られたゼクスは規則正しい生活を好んでおり、いつも通り5時きっかりに寝台に入った。

 しかし明らかな訪問者の気配に仕方がなく寝巻きの上にローブを羽織り、結わなければ床まで着くほどの長いウェーブのかかった金色の髪をその辺の紐で適当に縛り、部屋の外へと飛び降りた。



 ゼクスが想像していた通り、屋敷を囲う大きな門から馬車を引いてやって来たのは一週間前から帰らないツヴァイを探しに行ったはずのアハトだった。

 何故アハトは血だらけなのか。そもそも何故霧にならずに馬車なんて引いているんだ、とツッコミどころは満載である。

 アハトか嬉しそうにゼクスに手を振るので、仕方がなく手を振りかえして、近寄る。


「ゼクス聞いてよ。僕、頼りになるってツヴァイ様が!」


「良かった良かった。その様子だと、相当役に経ったみたいだな?おい、ツヴァ…」


 興奮したような口ぶりの、血まみれのアハトを軽くあしらって馬車の扉を開けると、アハトとは対照的に無傷で全く汚れていないツヴァイが優雅にそこにいた。

 猫の死体を抱えた子供を連れて。


「……話を、聞かせてもらおうか」


 何故人間を連れているのかは分からないが、機嫌のよさそうなツヴァイを見ていると頭痛がしてきてゼクスは眉根を寄せた。

 このゼクスこそ、十二柱の中で最もツヴァイに迷惑を掛けられている苦労人である。

 吸血鬼の中でも常識的で比較的温厚な彼はヴァイツゼッカー公爵代理として、人間達との交渉役まで押し付けられている始末だ。


 そもそも3000年前、人間を攫わない、食べないと約束したのはツヴァイであった。

 吸血鬼の主食は血肉だ。人間ではなく家畜の血肉を摂取するだけで十分なのだが、当時は人間は“狩る時の声が快感だ”という理由から贅沢品として流行しており、王国の3分の1は吸血鬼の腹の中に収まってしまっていた。


 ある日ふらっと出掛けたと思えば、恐怖する人間達が哀れで可愛いと言って勝手に人間と契約して帰ってきた彼は、その後のあれこれを全てゼクスに丸投げした。

 後を任されたゼクスは死に物狂いで全吸血鬼に“罪を侵した人間として国が差し出してくる分”以外は食べないように教育し、薔薇屋敷のある土地に強制的に住まわせた。

 無論大反対にあったが、力で十二柱に適う者はいない。

 多くのものは渋々諦めた。加えて人間の食べるようなスイーツが人間に代わって流行した事で、リファナ王国にとっては平和が訪れていた。


 契約して1000年が経ち、ツヴァイやゼクス、アハトは2000年の眠りにつくことになる。

 ところがここで問題が1つ生まれた。

 ツヴァイの代わりに王となったアインスという吸血鬼は人間嫌いであったのだ。

 何故吸血鬼の都合で人間を食べてはいけないのかと、アインスは人間を狩ることを許可した。

 弟同然のツヴァイがやろうとした事は手伝ってやりたい。なら、バレなければいいのだ。貴族ではなく平民を、家族のいる者より貧しい浮浪者や子供を狙って、リファナ王国のあちこちに人間の狩場を作ったのだ。


 そしてつい先日目覚めたゼクスは絶望した。

 狩りが横行し、多くの吸血鬼達が人間のすみかに潜み領地にいない。

 完全にやり直しであった。

 吸血鬼がいると噂を聞けば十二柱を派遣し出向き、吸血鬼を連れて帰る。

 目が回るほど忙しく働いていたのに、ついに肝心の()()()()()()が人間を食べるとは。


 ゼクスは考えた。

 もういっそ、約束を無かった事にして人間を滅ぼしてしまった方が早いのでは。

 そうだ、そうしよう。ツヴァイがこの少女を食い殺したらそう提案しよう。


 ゼクスは、見かけだけは吸血鬼の癖に天使のようであると揶揄される善良そうな外見で、心の底から少女の死を待ち望んだ。


 ツヴァイが馬車を降りようとラファエラを抱え直すと、ピクリとその金色の睫毛が揺れる。

 じわじわと開く瞳は見事な明るい空の色だ。

 吸血鬼にとって太陽は天敵。伝説のように溶けたりはしないが人間よりも肌の色が淡く、色素のない赤い瞳は太陽が当たるとダメージを受けて体調が悪くなるのである。

 永く生きているのに初めてみる色だ、とツヴァイは思う。

 あまりに綺麗だったので危うく手を伸ばして目を抉りとる所だったが、ラファエラに名前を呼ばれてツヴァイは手を降ろした。


「ラフィー。着きましたよ。体調は悪くないですか?」


 こくん、と頷くラファエラはツヴァイの腕から身を乗り出すようにして外の様子を伺っている。

 吸血鬼は贅を尽くす屋敷を好まない。人間の住む屋敷と比べれば、古く、質素な館でしょう?とツヴァイが言えば、ラファエラは勢いよく首を横に振った。



「貴女はきっとお腹が空いたでしょう?ゼクスに人間の食事を手配させましょう。身を清めて…もっとましなドレスを作らせましょうね。針子を呼びます」


 黄ばんでぼろぼろの服も、骨ばった不健康な身体も見ていて痛々しいと感じる。

 美しさの片鱗は見えるから、磨けば光るはずだとツヴァイは知っていた。



「ツヴァイさま、私、チェーロを埋めてあげたいんです」


「先にそうしましょうか」


 ラファエラの提案に頷いたツヴァイは太陽避けにローブのフードを被り、ラファエラを抱えて庭園を目指そうとした。

 それを引き止めたのはゼクスである。

 さっきから主の様子がおかしい。

 食べるのなら、太らせるのはわかる。なら何故ドレスを用意するのだろう。それに少女への態度が“餌”への物には見えなかった。



「一応聞くが、その子は食うために連れてきたんだよな?」


「馬鹿なことを。育てるんですよ」


 何を言っているのだと言わんばかりのツヴァイの答えにゼクスは見事に崩れ落ちた。

 ゼクス、大丈夫?とアハトは心配そうに聞くが、ゼクスは何も答えなかった。






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