第38話 勇者、可愛い魔物も容赦しない
「おい……噛まれてるじゃないか……痛くないのか?」
「あはははは、大丈夫ですよーこれくらいー」
両足、両腕、腹、背中、両肩、顎、後頭部、合計10匹のチックハーゼが噛み付いたままくっ付いている。
……大丈夫じゃないだろ、血が出てるぞおい。
「この……馬鹿フランが!」
「馬鹿とはひどいですよー。それよりカーライルさん、こんな可愛い生き物に酷い事しないで下さいー!」
チックハーゼに噛まれて血を流してるせいなのか、可愛さに正気を失ってるのかはわからないが、ハイになったような緩い感じで抗議をするフラン。
そう言われてもな……可愛い見た目で中身が凶悪なこいつを、このまま見過ごすわけにはいかんだろ。
おかしくなったフランを助けるため、剣を構える……あ、フランは元々おかしかったか。
「はぁ……これじゃ剣気は使えないか……仕方ない……ふん、はっ!」
剣気を飛ばしてしまわないよう、少しだけ遅い動作でフランに向かって剣を振る。
「……ふぅ」
俺が剣を止めた瞬間、フランにくっ付いていたチックハーゼが、それぞれ二つに斬り裂かれて力を失い、地面に落ちる。
……あ、まだ背中と後頭部にいた……ここからじゃ切れない場所だからなぁ。
「ほっ! と」
フランの後ろに回り、残ったチックハーゼを切り落とす。
「無事か?」
「あははは、酷い事しないでって言ったじゃないですかぁー。……あれー? 何だか目が回って来ましたよぉー?」
フランに声を掛けると、当人は抗議をして来るが、その動きはふらふらとおぼつかない。
まぁ、それだけ血が流れれば当然か……。
「あらぁ……」
だらだらと10カ所から血を流していたフランは、歩こうとしてそのまま地面にぱたりと倒れ込んだ。
「……貧血か……そりゃそうだな」
今回のフランは足手まといどころか、足を引っ張ってるからな……このままにしておこう、壁に突き刺さったり、地面にめり込んでも無事だったんだから、これくらい大丈夫だろう。
倒れて気を失ったフランをそのままにして、俺はチックハーゼの気配を探る。
「おっと、うじゃうじゃとお出ましか……」
気配を探るまでも無く、木々の合間から無数のチックハーゼが出て来た。
人間が来た事に気付いて、餌が来たとでも考えているのかもしれない。
「残念だが、俺は餌じゃないぞ?」
いたるところから飛び掛かって来るチックハーゼに剣を振るう。
しばらく剣を振っていると、俺の周囲にはチックハーゼだった肉片が山積みになっていた。
「……こんなに大量にいたのか……これは今までで一番、危なかったんじゃないか?」
いや、グリフォンが大量発生していた森も危なかったか……。
チックハーゼ製の血溜まりの中で、ようやく襲って来なくなった事を確認して、剣を鞘にしまう。
これでしばらく、ここには来なくて良いだろう。
残っていたチックハーゼは、全て逃げて行ったのを確認している。
まだもう少し間引いて数を減らす必要がありそうだが、ここで気絶してるフランを置いて離れられないからな。
「まったく、手間のかかる奴だ……」
おかしな奴ではあるが、常に本音で裏表のない性格なので、一緒にいて楽しくなって来ている事に気付いて、苦笑する。
まぁ、こいつは裏切ったり、追放しようとしたりはしないだろうからな。
かつての仲間を思い出しながら、フランを引きずって山を下りた。
……たまに疲れる事もあるけどな。
「あれ、ここは……? 何だか可愛い物に囲まれてた気がするんですが……」
「その可愛い物に襲われて気絶したんだよ、お前は」
「カーライルさん。えっと……?」
目を覚ましたフランは、辺りをキョロキョロと見回してる。
今俺達は、山を下りてすぐの場所にいる。
そこで焚き火を作り、木をいくつか切り倒して並べ、簡易ベッドにしてフランを寝かせておいた。
地面にそのままというのは、丈夫なフランだとしても、さすがに気が引けたからな。
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