第35話 勇者、危機を回避する
「あらあら……。貴方……とっても強そうですのね……」
「いえいえそんなそんな。私ごとき、奥様の足元にも及びませんよ」
「そんなご謙遜を……」
お互いニコニコしながら話してるが、俺の背中には冷たい物が流れている。
これはアルベーリの時と同じで、腕試しの流れのように感じる。
俺の本能が告げている……この人とは絶対に戦うなと!
命の取り合いとまでなれば勝てるだろうが、腕試し程度でやりあうと、トラウマを植え付けられる事になる予感がする。
「そんなに立派な角を持つ奥様に、一介の人間である私めが敵うわけありません」
「……そう? そうかしら?」
角を褒めるように言って見れば、嬉しそうな反応をする奥様。
確かに奥様の角は立派だ。
二本の角は、ぐるぐると巻貝のようになっていてなお、アルベーリに近い大きさだ。
魔族の角は強さの証明……アルベーリと同じくらいの大きさを、ぐるぐる巻きで維持しているという事は……実際の大きさはその倍くらいありそうだ。
そりゃフランも怯えるし、アルベーリも逆らえないわけだよな。
魔王国の魔王は最強の魔族がなるはずなのに、目の前に魔王より最強の魔族がいるという現実が信じられない。
「……王妃様は、角を小さく見せて力を隠しているんです。今は家の中だから多少は気を抜いてあの大きさですけど、外に出たら私よりも小さくなります」
「……魔族の角って自由に大きさを変えられる物だったのか?」
「どうかされましたか?」
「いえ、王妃様の角を羨ましいと話していただけでザマス」
「あらあら、フランツィツィーちゃんは正直ねぇ……」
適当なフランの誤魔化しにも嬉しそうな奥様。
角を褒められる事がツボみたいだな、忘れないようにしよう。
しかし、魔族の角が大きさを変えられるなんて初めて聞いたぞ?
もしかしたら、奥様が特別なのかもしれないが……。
「何だか気分が良いですね……あなた、すぐに客間を用意して下さいな」
「わかり申した! 今すぐに!」
奥様に敬礼して奥へと掛けて行くアルベーリ。
力関係がはっきりしている夫婦なのは良いが、それで良いのか魔王……。
「ベアトリーセに勝つために、我は訓練を必要としているのだ」
客間をアルベーリに用意させ、俺達は少しだけ待ってそこへ通される。
今は奥様が席を外しているため、アルベーリに事情聴取しているところだ。
「それであんなに筋肉にこだわったり、トレーニングをしていたのか……」
「うむ……あ、いや……筋肉は好きだがな?」
筋肉好きは元からだったらしい。
「目指す筋肉の指標にしようと、入り口に石像を作らせて飾ったのだが、その日のうちに粉になるくらいまで粉砕されてな」
「筋肉の石像なんて、見苦しいだけだからそれは仕方ないだろう」
「私も、家にそんな物が飾られたら破壊しますね」
俺の言葉にフランが頷いて同意する。
ちなみに、もう縄を解いて自由にしてある。
ここまで来たら逃げ出す事は無いだろうからな。
……この邸宅……というより、奥様に会う事になるから逃げ出そうとしたんだなぁ。
「むぅ……素晴らしい筋肉だったのだが……」
「お待たせしました。今日は存分に楽しんで帰って下さいね」
アルベーリが石像を惜しんでるあたりで、奥様が戻って来る。
瞬間的に椅子に座り直して姿勢を正す俺達……夫であるアルベーリも同様だ。
奥様が話してすぐに、訓練された兵士のような動きでメイド達が食事を運んで来る。
メイド達も、奥様の機嫌を損ねないように必死なのかもしれない……楽しめと言われても、こんな雰囲気じゃあな……。
「何か……肩が凝ったな……」
「我が家ながら、疲れる……」
「今度は逃げて見せます……」
食事も終わり、俺達は邸宅を出て王城へと向かっている。
全員、疲れからか歩く速度は遅い。
……あんなに緊張する食事は初めてだったな。
空見上げ 凝ってる肩を 揉みながら トボトボ歩く 魔王と勇者
……何故か唐突に思い付いたが、季語なんて知らねぇ。
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