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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第7章 日常
98/232

98. 料理

 車中、百合華は気づいた。夕飯を提案したものの、今、冷蔵庫には大した食材が入っていない。


「穂積さん、すみません。駅の前にあるスーパー寄ってもらえませんか?」


「……わかった。」


 スーパー、と言って、はっとした。

 穂積怜が過去に感情を爆発させたきっかけとなった事件、それは妹のために誕生日パーティーをしようとして幼児食などを万引きしようとしたことから始まった。


 現代となってはどこにでもあるスーパー。五谷にもスーパーは増えていた。

 しかし過去は違う。その事件が起こった頃は、スーパーは1箇所しかなかったとみどりさんが言っていた気がする。


 スーパー…。その言葉を、存在を、現在穂積怜はどう考えているのだろうか。自炊していると以前耳にしたから、案外何も考えず普通に買い物しているのだろうか。その度に事件のことを思い出したり、しているのだろうか…。


 スーパーに入店するのに、百合華は少しだけ緊張した。穂積怜の気持ちを考えると動揺してしまったのだ。だが彼は普通に入って、挙動も普通だ。少し安心した。


「今日、エビチリか酢豚だったらどっちが良いですか?」


「どっちでも。」


「決めてください。」


「じゃ、エビで。」


 百合華はエビチリ用の食材を探し始めた。


「あと、サラダ大盛り食べてもらいますからね。」


 穂積怜は無言だ。


 百合華は気にせず、スーパーのカゴにえびとにんにく、しょうが、長ネギ、野菜などを入れていった。


「穂積さんは普段、どんなものを作っているんですか?」


「まあ、ジャンルは特に無い。自分が食いたい物。」


「オリオンで(まかな)いとか作ってたとか?」


「それもあるし、……節約にもなるだろ。」


「ですよね!」


 と言いつつ、百合華はまた余計なことを聞いてしまったと反省した。あれほど過酷な環境で育った穂積怜だ。自炊する複雑な理由は他にもきっとあるだろう。


 会計を済ませて、再び穂積怜の車に乗った。



 穂積怜の車は百合華のアパートの前に停まった。

 この辺でこの時間で、駐禁の見回りが来ることはほとんどない。


 穂積怜の住居の方が、百合華のそれよりスペックが高いのは先日知った。だから今日は少し恥ずかしかったが、気にしないでおこうと思った。


 百合華が住むアパートは、何の飾り気も無い、ごく一般的なアパートだ。開放的で、階段があって、3階建で、1LDK。

 外壁は紺色。階段はコンクリートの打ちっ放し。

 家の前にはロック式のゴミ捨て場があり、ゴミ収集日以外にゴミを捨てないよう厳重な対策がなされている。

 大家さんとは懇意にしており、アパートで特に大きな問題は無かったので住み心地は良かった。


 ただ、以前から夢子とのルームシェアを考えていたので、物件を探していたのは事実だ。しかし今の状態だと、ルームシェアをする前に夢子の猛アタックで桑山が夢子と添い遂げることになるのではないかという推測の方が現実的な気がしてきた。もしそうならそれでも良い。


 これも穂積怜の過去に触れてきたからだろうか、以前に増して、人の幸せを自分の幸せのように思えるようになってきた。以前は妬みや比較があったのに…。


 そのようなことを考えながら自分の部屋の鍵を回した。

「どうぞ」というと、「先どうぞ」と穂積怜が言った。

「…じゃあ。」と言って百合華は部屋に入った。


 穂積怜の部屋より明らかに物に溢れている百合華の部屋だが、一応片付いてはいた。


「じゃあ、今から作るんで。ちょっと待ってて下さいね。あ、そこのソファにでも座って。テレビもご自由に。」


「うん。」


 穂積怜は遠慮なくテレビをつけた。が、面白い番組が見つからなかったらしく、すぐ消した。


 百合華は急いで食事の準備をした。百合華は圧力鍋でご飯を炊く派だ。その準備をする。もう0時だ。夕食というには遅すぎる。


「穂積さん、こんな時間にご飯になっちゃったけど、大丈夫ですか?」


 手元で料理をしながら声をかけると、


「俺もしょっちゅうそんな感じだから。」と、体を捻らせ、キッチンに立つ百合華を見た。


「お前は何で料理始めたの?」


「元々は、見栄です。おかしいでしょ。料理できる方ができる女だと思ってもらえるかなって。以前はそんな考えしか無かったんです。今はもう、趣味で、楽しくて料理していますけどね。」


「へえー。」


 そう言って穂積怜は立ち上がり、キッチンに近づいてきた。

「ちょっと何ですか。」

 包丁を持ったまま百合華が仰け反ると、


「別に。ただ、手伝おうかと。」

 と、ぶっきらぼうに答えた。


「あ、じゃあ、サラダの準備してもらっていいですか?そこにボウルがあるので、適当に野菜盛っちゃって下さい。」


 穂積怜はさっさと作業を終えてしまった。


「じゃあ、後は、炒めてちゃちゃっと済ませるだけなので、座ってて下さい。」


「いや、お手並み拝見させてもらうよ。」


「だからそれがプレッシャーなんですって…。」

 百合華は苦笑いしたが、穂積怜は至近距離で百合華の手元を見てくる。仕方がない、やるか。

 いつも通り、エビチリを作り上げた。


「中々よかったぞ。」


 もっと褒めて欲しかったが、穂積怜が褒めることは滅多にないので、これも穂積怜賞賛貯蓄箱に保管しておくことにした。


2人は食事で一杯になったテーブルに移動し、椅子に座った。


「じゃ、遅くなりましたが食べましょうか。乾杯。」


「乾杯。」


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