97. 危機一髪
今日は金曜日。明日・明後日はまた五谷周辺で取材をするつもりだ。
織田社長や優子夫人が言うように、穂積怜もまた、自分の真の姿に気づいて欲しいと思っているのだとしたら、私はそれを完遂するつもりだ。百合華は意気込んだ。
それにしてもこの話、どこかで考えた気が……考えてみると、以前優子に借りた、弥生——穂積怜の母親——の小学校の卒業アルバムで、カメラを直視した弥生が「誰か、わたしを見つけて。」と言っているように思えたのだった。あれだ…。
弥生は結局、誰にも見つけてもらえなかったのではないだろうか。現況が不明なので何とも言えないが…。穂積怜、あなたは私が探すから…。百合華の内心はぴりっと気概に包まれた。
昼休み、夢子に「明日調査だから百合華は遅くまでは無理だろうけど、ちょっとだけオリオン寄らない?」と声をかけられた。
夢子たちの存在は、百合華にとって心の支えだ。快諾した。
仕事が終わってから、何気ない話をしながら夢子たちとオリオンへ向かった。夢子はすっかり桑山に首ったけらしい。その話を聴きながらビールを2杯飲んだ。今日も穂積怜はカウンター席でバーテンダーと談笑をしている。その背中が綺麗だったが、もう盗撮はこりごりだと思った。時計を見るといつの間にか23時だった。
「じゃ、そろそろ私帰るね、明日早く出る予定だし。」
「わかった、遅くまでごめんね。運転気をつけてね」
皆に別れを告げ、百合華は会計を済ませ、店を出た。外は真っ暗だ。
バー・オリオンから最寄りの駅まで歩いて向かう。すると途中、1人の青年がうずくまって唸っている。
「…だ、だいじょうぶですか?」
百合華が声をかけると、突然道路の両脇から若い男が2人出てきた。
蹲っていた青年はフードを被っており、顔がよく見えないが笑っているのはわかる。
「ジャーン」などとふざけながら、青年たちは百合華をジロジロ観察した。
「顔、めっちゃ綺麗じゃね?」
1人が言った。
「まじ。誰かに似てっけど誰だ。」
「あれじゃん、ミキちゃん。めちゃ好みだし」
「ああああああああ〜それそれ。上物じゃんかよ。」
3人は百合華の周りをウロウロしながら好き勝手喋っている。
「俺ら金なくて困ってんだわ〜でもおねーさんなら、デートだけでもゆるしちゃう。な?」
他の2人が下衆な笑みとともに同意した。
まさかこんな事に巻き込まれるとは…百合華はスマホを取り出そうとすると、鞄ごと1人がひったくった。
「両方でもいいんだぜ?金と、あんたと。」
1人が百合華の腕を掴んだ。
「やめてください、離して。大きな声だしますよ。」
「どうぞ?声震えてんじゃん」
実際、少し声を振り絞るだけでも精一杯だった。頭が回らない。体が動かない。手先と足元に震えが起こってきた。どうしたら良いのかわからない。
すると別方向から自分の名前を呼ぶ男の声がした。
「百合華、どうした?何だよこいつら。」
そう言ったのは、穂積怜だった。
「何だよ、こっちはこれからデートだ。邪魔するなよ。お前もしかしてこいつのカレシか何か?」
「ああ。お前ら何の用だ。警察呼ぶぞ。」
穂積怜はすでにスマホを手に、1,1,0とプッシュしていた。
「おいやめろ。くそ、お前ら行くぞ。」
1人は唾棄し、2人は高い声で笑いながらその場を去った。
百合華はへなへなとその場で崩れ落ちそうになったが、穂積怜が腕を掴んだおかげで立ち上がることができた。
「ほづ…穂積さん、あ、ありがとうございました。」
「お前はバカか。」
「そうみたいです。」
「バカなりに学べよ。活かせよ、今日の教訓を。」
「…はい。」
「家まで車で送る。駐車場まで来い。」
2人は闇の中、再びバー・オリオンの方向へと戻った。
オリオンの近くに専用駐車場がある。そこに穂積怜の車は停めてある。
「でも穂積さんお酒…」
「飲むところだったんだよ!でもお前が1人で出て行くから…」
沈黙。
車を走らせながらも穂積怜は何も言わなかった。
「穂積さん、私が1人で店を出る所、見ていたんですか。」
「まあな。たまたまだ。」
「そうですか……私、本当に不用心でした。助けてくれてありがとうございました。」
また、しばしの沈黙。
「あ、穂積さん。お腹空いてません?私今から夕食作るので、もし良かったら食べて行ってくれませんか?これは契約や取引じゃありませんよ?ただのお礼です。」




